隣の席の陰キャ女子、絶対俺の推しVTuberの中身なんだけど

織佐 あしろ

【1章】入学編

1枠目【衝撃】隣の席の陰キャ女子、絶対俺の推しVTuberなんだけど

 隣の席の陰キャ女子、絶対俺の推しVTuberの中身なんだけど。

 俺はスマホを見る振りをしながら、隣の席をチラチラと見ていた。

 本当に推しの中身なのか確かめる。そう決意したはずだろ。

 自分に言い聞かせるも、勇気はなかなか出なかった。

 隣の席の陰キャ女子、綴涼音。

 綴が推しの中身だと思ったのは、昨日の一件が理由だ――。

 

 *


 時刻は八時十分。まだ登校するには早い時間だ。

 早く登校して友達を作る……そう思っていた。それなのに、どうしてこんなに人がいるんだよ。なんなら、いくつかグループも出来てるし。


「出遅れた……」


 唇をかみしめて立ち尽くしていると、背後から声を掛けられた。


「もしかして、お仲間かな?」


 振り返る。そこにはセンターパートの青年が立っていた。爽やかな笑顔が眩しい。


「え、えっと……仲間?」


 油断していたせいで、声が裏返った。決して対人が苦手なわけではない。そう、なんたって俺は陽キャだからな。

 キョトンとしている俺をみて、彼は微笑む。


「グループできる前に友達作ろうって思ってたんじゃねぇの」

「なんでそれを」


 陽キャは心が読めるのか。そんなバカなことを考えていると、彼はささやくように言う。


「俺もそうだから」

「だから、お仲間って訳か」

「そういうこと」


 彼は軽く笑い声をあげた。


「みんな高校生活楽しみにしてたっぽいよな」


 ふと、俺が質問を投げかけると、彼は首を傾げた。


「え、楽しみにしてきたんじゃないの?」


 しまった。陽キャは学校が楽しい生き物だった。


「い、いや楽しみだったけどさ。朝苦手な奴とか多いじゃん。だから早く来る奴が多いの意外だなって。思ったより楽しみにしてたんだな的な?」


 とっさに思いついた言い訳をまくし立てた。これで、なんとかごまかせればいいが。


「たしかにな」


 俺の言い訳はそれらしかったのか、彼は疑う素振りすらなかった。


「俺、玲央。一年間よろしくな」

「お、俺は如月影冬。よろしく」


 玲央は「それじゃ」と言ってその場を離れると、窓際の前から二番目の席に座った。

 その背中を少し眺めた後、俺も席に着いた。


 ***


「マジでどうしよ」


 俺は自分の席で唸り声をあげていた。続々と生徒が登校してきて、同じ中学で固まって会話をしている。

 玲央も孤立して困っているはず。すがる気持ちで彼を見れば、いつの間にかグループの輪に入って会話をしていた。


 あれが本当の陽キャか。一瞬で友達作れるとか、チートだろ。


 ただボーっとクラスを眺めていては不自然だ。スマホでも弄って時間をつぶそう。そう思って適当にSNSを眺めていると、声を掛けられた。


「影冬くん?」


 スマホを机に置いて、頭を上げる。


「あ、茜か」

 話しかけてきたのは同じ中学の雲母茜だった。


「同じ学校の人がクラスにいてよかったー」


「俺も嬉しいよ」


 心にもないことを言って笑みを浮かべる。練習した笑顔だから、完璧なはず。


「お、おれ?」

「……いいだろ」

「そ、そうだね。それにしても影冬くん、派手にイメチェンしたね。高校デビューってやつか!」


 演じていることがバラされる。産毛が逆立ったみたいに、悪寒が走った。慌てて茜の口を手で塞ぐ。


「んんんん」


 茜は目を丸くしながら、軽く抵抗してくる。


「中学のことは、口にしないでくれ」


 耳元で囁くと、首を縦にブンブンと振ってきた。


「ご、ごめんね。でもさ、別に秘密にすることないんじゃない。めっちゃ変わってすごい! みたいにさ、話題にもなるじゃん」

「そんなこと、できるわけないだろ!」


 想像以上に大きな声が出た。慌てて周りを見る。

 誰もこちらを気にしている素振りはない。よかった。どうやら皆、自分たちの会話で忙しいようだ。


「と、とにかく、頼むよ」

「分かったって」


 左隣で椅子を引きずる音がした。

 目線だけ向けてみると、隣の席に誰かが座ろうとしているところだった。


「じゃあ、私いくね。一年間よろしくー」

「お、おう」


 茜はそそくさとその場を後にした。

 その時だった。ピコン。机に置いていたスマホに通知が入った。


『枯野木もち 新着動画』の文字。


 思わず背筋が伸びた。慌ててスマホをポケットにしまう。

 誰にも見られてないよな。

 周りを見てみるが、こっちを見ている人はいない。

 ホッと胸を撫でおろして、隣の席に視線を移す。その席に座ろうとしている人物に見覚えがあった。

 綴涼音。彼女も同じ中学の生徒だ。

 まさか二人とも同じクラスだなんて。もしかしたら、学校側が配慮した結果かもしれない。


「そんな気遣い、いらねぇって」


 同じ中学が少ないところを選んだのに、これじゃ意味がない。出鼻を挫かれた気分だ。

 綴は静かに鞄から本を取り出して、席に座ると読書を始めた。彼女は相も変わらず陰のオーラを発している。中学からのスタンスを変えるつもりはないようだ。

 少しして、チャイムが鳴る。そして、教室の扉が開かれた。


 *


「最悪だ」


 俺はベッドの上で頭を抱えていた。あの後担任の教師に連れられ、入学式。すぐに配布物だけ配られて解散。その間、誰とも会話をすることがなかった。


「なんも変わってねー」


 枕に顔を埋めながら叫ぶ。友達を作る。簡単だと思っていなかったが、変わった俺ならできると思っていた。なのに、その壁は想像以上に高かった。

 中学と比べて、見た目や学力、運動は大きく成長した。しかし、一つだけ成長していないものがあった。


「こんなことなら、話す練習もするべきだったな」


 コミュニケーションの練習は、一回もしていなかった。

 弱音を吐いていると、電子音とともにスマホが震えた。

 ベッドに放り出されていたスマホを取る。画面には、『枯野木もちが配信を始めました』という通知が入っていた。


「やべ。もう配信の時間か」


 配信を開く。待機画面にはファンアートがスライドショー形式で流れていた。

 もちの配信は中学の、あの出来事から欠かさず見ていた。


 陰キャで影が薄いし、名前が影冬だから影薄男。笑い者にされてから、中学時代は不登校気味になっていた。しかし、たまたま流れてきたもちの配信で、俺は変わったのだ。


『もちちゃんは、どうしてそんなに元気でいられるんですか。落ち込むことはありますか』


 誰かが打ったそんなコメントに対して。


〈えっとね。私だって、そりゃ落ち込むこともあるよ。でも、普段からいやだな、つらいなって、そうやって過ごしてても、楽しくないと思うんだ。だから、私は暗い時こそ、明るく演じるんだよ。そうすれば、少しは楽しい気持ちになれるって、信じてるから。あはは、何か詩的になっちゃったかも〉


 恥ずかしがりながら、もちは言った。

 俺はこの『演じる』という言葉に衝撃を受けた。素の自分を変えるのは難しい。いや、不可能だ。しかし、演じるならば、出来るかもしれない。そう思えた。

 

それからもちの配信は、俺の生きる理由そのものになっている。

 当時は登録者2000人程度だったチャンネルも、今や20万人の大人気チャンネルだ。

 古参ファンとして、鼻が高い。


 しばらくすると、もちは雑談を開始した。


〈今日はね、入学式だったんだ〉


 もちを見始めた当初は中学三年という設定だったが、今は高校一年生だ。

 月日を重ねるごとに成長していく設定らしい。

 VTuberは永遠の○○歳などの設定が横行しているが、彼女は珍しいタイプだった。

 もちは最近の出来事を話し始める。そのなかで、気になる話題があった。


〈でね、中学の知り合いがいないかもって心配してたんだけど、大丈夫だった。しかも、一人は隣の席。ほんと、安心だよ〉


 配信上では明るく振舞っているが、実は人見知り。それは、リスナー共通の認識だった。明るく演じる。それが彼女のモットーであり、魅力だった。


『隣の人は、どんな人?』


 もちは流れてきたコメントを読んだ。


〈えっとね、あんまり言いづらいけど、中学の時、いじ……影薄男っていじられてた人。今は高校デビューなんかしちゃって、元気にやってるよ〉


「え」


 我ながら、情けない声が出た。

 俺の隣の席は、綴涼音。同じ中学だ。それに、影薄男というあだ名。さすがに、このあだ名が全国どこを探しても俺だけなんてことはないと思う。だが、多くもないはずだ。

 これだけ一致することなんてあるのか。


「綴が、もち?」


 綴は陰キャで冴えないといった印象しかなかった。それに、声だって似てない。でも、よく考えてみれば、もちだって人見知りだ。明るく演じていると公言している。

 勝手にどこでも演じていると思っていたが、演じているのが配信上だけなのかも。それに、声だって作っているから違うとすれば……。

 もしかしたら、本当にもちは綴なのかもしれない。


「明日、確かめるしかない」


 笑顔で雑談をする彼女の顔を見つめながら、俺は決意を固めたのだった。

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