Op.2
寄りたかったスーパーが見えてきても素通りし、様子が心配な
普段はケガをしないように意識して無理は決してしない中、こんな風に走ったのは一体いつぶりだろうか。
見えてきた4階建てのマンションのエントランスに一目散に駆け込むと、1基しかないエレベーターは4階で止まったままだ。
玄関には見慣れたスニーカーがあった。
「
名前を呼びながら、小さな廊下の先にあるリビングへ走り込む。
だがそこに
次に
そこは2人が寝室として使っている部屋で、ベッドと勉強用の机に椅子、そして楽譜や書籍や音楽ソフトがズラッと並んだ棚が並んでいる。
しかしそこにも人の気配はない。
「
そこは部屋のほとんどをグランドピアノが占め、少しだけあるスペースに譜面台が1台置かれた防音室だった。
同棲先にこのマンションを選んだ理由の部屋だ。
するとそこには、小さく体を丸めて床にコロンと寝転んだ
「
安心と心配が入り混じった
「じゃぁ誰かにいじめられたか? それともバイオリンがどうかしたか?」
「違う。ダメだったんだ」
「ダメ? ダメって何が?」
「俺を貰ってくれる会社はこの世に無かったってこと」
「……もしかして就活か?」
すると
院に進学しない大学4年の
だが30社以上受け続けた中で面接までこぎつけたのは数社で、その最後の1社の結果を待っていたところだった。
「それは受けたのがそもそも募集人数が少ないレア求人ばかりだったからじゃないか? これから違う業界も受けたらきっとすぐに決まるよ」
だが
「もう10月だよ。目ぼしい会社はほとんど募集は終わってるに決まってるじゃん」
「あぁそうか、……ごめん」
励ましたつもりが失敗してしまい、
その申し訳なさそうな顔を見た
「ごめん、八つ当たりしたかも」
「それで
「あのね、全然受け止めれてないからね。あんな顔されたらこっちが自己嫌悪に陥るんですけど」
「でもまだ卒業まで時間はあるから、就活は続ければいいじゃないか。それでも万が一の時は、卒業後はバイオリンを教えたり、オケのトラやオーディションを受けてもいいし、仲間と弦カルを組んだっていい。贅沢しなければ生活は出来るから」
すると一瞬の間のあと、
「それじゃぁダメなんだ。就職先が決まらなかったら地元に帰らないといけないから」
「……は?」
「黙っててごめんだけど、こないだ親から電話がかかってきて、どこにも行くとこが無かったらおじいちゃんが経営する音楽塾で働くようにって言われちゃったんだよね」
「え? おじいちゃんの音楽塾って、……確か地元の四国じゃ」
突然の告白に、
「だから絶対に就職したかったんだ。900キロも離れて暮らすなんて嫌じゃん」
「そ、そんなの当たり前だ。離れて暮らすなんてありえない。じゃぁ、もしもの時は俺が実家に挨拶に行く。そうしたら残れないか? 」
「どうかなぁ。
生活力と言われ、
ーーーコンクールで予選に進むだけで、君なら卒業後の活路は明るいぞーーー
「……だったら俺の卒業後の進路が決まっていたら、ご両親は安心してくれるのか?」
「えー、2つ下の恋人に全ておんぶに抱っこってか? そんな不良債権みたいな存在、親だけじゃなくて俺も
そう言って悲しそうに笑いながらうつむく
「
「さすがピアノ科首席はポジティブ思考の固まりだね。そうだね、考えが甘かったのは俺だ。最後まで頑張るよ。音楽業界以外も探してみる。俺の持ち味は粘り強さだから」
そう言って
だが微かに唇が触れたかどうかの瞬間、グゥゥゥっと
「……ごめん。元気出て来たと思ったら、お腹空いちゃったかも」
バツが悪そうな
「そうだ。今夜はドライカレーを作ろうと思っていたんだけど、スーパーに寄れなかったんだ」
「そういえばさっき校門って言ってたよね。今日は早く帰れるって言ってたのに何かあったの」
「……教授と話し込んでたら遅くなったんだ」
「そうなんだ」、と
「じゃぁ、今夜は俺が作ろうか」
「作るって、
と訝しむ
「今日、
「桐島さんから? なんで?」
「名古屋にコンサートを観に行ったお土産だって。流石親友、カップ緬なら俺でも食べてるだろうって、分ってるよね」
「そんなの食わなくても、すぐに俺が冷蔵庫の有りもので何か作る」
「え、だって」と言いかけた
だが中に、食材らしいものは何もない。
「だから食材は昨日使い果たしたじゃん」
斜め後ろに立つ
そうだった。
昨日は食材を使い果たすために鍋にしたのを、
両手にカップ緬を持った
「手を洗ってテーブルで待ってて。すぐ出来上がるから」
15分後、ご当地カップ緬をすすった2人はその美味しさからおかわりをしてしまい、4つ全て間食してしまう。しかしカップ緬の大食いに罪悪感を感じた
「今から食後の運動しない? さすがにこのままはヤバイ」
「だな。今からアフターパーティーするか」
「違う違う、こっちじゃない! 何考えてるのさ、
「すけべなのはとっくに知ってるだろう」
「それはそうだけど、防音室へ連れてってよ。思いきり弾きまくりたい気分なんだ。アフターパーティーはその後!」
「そうか、ごめん」
わざと勘違いしたのが丸わかりな表情の
調弦が終り静寂が広がると、
右斜め前で向かい合うようにバイオリンを構えた
そして一瞬の静寂のあと、
それはバイオリンを持った死神の演奏で、不気味な舞踏会が始まりだ。
まるで死神が重なったような
途中、踊り騒ぐ死神の骨が擦り合う音が響きながらも、突然曲が止んだかと思うと、夜明けを告げる雌鶏の鳴き声が聞こえ、死神達は慌てて墓の中に逃げ帰り舞踏会は終わり、再び静寂が広がると、2人の合奏も終ったーーー。
この曲はフランスの作曲家のサン=サーンスが作った7分程度の短い曲だが、非日常の幽玄な情景が思い浮かびやすいことから、ハロウィンの時期に街中で聞きくこと多い曲だ。
身長が168センチで細身の
ちなみに身長が185センチで長い手足を持つ
結局その日は『死の舞踏』1曲では終らず、モンティ作曲の『チャールダッシュ』やパガニーニ作曲の『モーゼ幻想曲』他数曲を、
その晩、寝室でのアフターパーティーを終えた
ーーー俺はずっとお前の伴奏を続ける。絶対にーーー
そして一旦は目を閉じたが、ふいにそっとベッドを出ると、脱ぎ捨てられたスウェットを拾い、スマホとリュックを持ってリビングへ向かう。
そこで服を着てからリュックからイヤホンケースと五線譜ノートを取り出すと、スマホを操作しながら耳にイヤホンをはめ、操作をしながら書きかけの五線譜に音符を綴り始める。
それは1週間後の10月18日に誕生日を迎える、
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