第貮章   招喚前日 ー白竜王と瑤姫の駆け落ち(?)計画ー

【崑崙山】の西方にある【瑤池】は、【天界】を統括する【女仙・西王母】の【すみか】である。


【瑤池】というのは【池】の名前だが、その大きさは【人間界】の【湖】規模の大きさだ。【天界】には【湖】という概念がなく広大で深さのある水の溜まり場・・・・・・を【池】か【沼】と呼ぶ。


 因みに【海】は存在するが、【人間界】で言う【雲海】が【天界】の【海】に該当する。


【瑤池】には、広大な【桃園】がありここで【西王母】の生誕を祝う【蟠桃会ばんとうえ】が開催され、この日だけは『男仙の立ち入り禁止』になっている【瑤池】は『立ち入り禁止』ではなくなり開放される。


【西王母】には7人の娘がいるが、【瑤池金母】の別名を持つ【西王母】は『【瑤池】にいる【娘々ニャンニャン】は全員我が娘』と公言しているので、【瑤池】には『【西王母】と娘たち』が住んでいると言われている。


『男子立ち入り禁止』の地だが、例外があり警備の為に【西方守護神獣】の【白虎】や、【西王母】が産んだ唯一の男子である【燃燈道人】は常駐している。


 また、【西王母】の実子の長女である【竜吉ロンチー公主】が結婚して婿の【楊戩ヤンジン】と【瑤池】で暮らしている。【西王母】の夫の【東王夫君】も定期的に尋ねて来るので、『男子立ち入り禁止』は【瑤池】の【女仙】の元へ【男仙】が通って来ないようにする為の名目なのだろう。【西王母】の実子たちは勿論だが【瑤池】で仕える【女仙】や【娘々】たちは皆、見目麗しい。


 通常、【女仙】の娘は【公女】だが【竜吉】は【公主】つまり跡取りをする者を意味する呼び方だ。故に【竜吉】の夫の【楊戩】は『婿入りした』ということになる。


【楊戩】は【崑崙十二仙】という【崑崙山】で【天仙】と呼ばれる12人の【神仙】の1人、【玉鼎真人ぎょくていしんじん】の弟子で【清源妙道真君せいげんみょうどうしんくん】の【仙号】を持つ将来有望株の【神仙】である。加えて【天界】随一の美男子で、【天界】一の美女と言われる【竜吉公主】とは『等身大の絵画にして後世に伝えたい美男美女カップル』と評判を轟かせている。


【楊戩】と【竜吉公主】は、新婚夫婦──────────【天界】の新婚の概念は結婚半世紀までだ──────────満喫中のはずが、【竜吉公主】が目を吊り上げて激オコだった。


 しかし、【竜吉公主】の激オコ理由は【楊戩】のせいではない。美男子で超モテる【楊戩】だが、遊び人の伊達男風の見た目に反して妻に一途だった。否、妻への執着激重系イケメンだ。


【竜吉公主】が目を吊り上げて人相が変化するほど怒っている理由は、【天帝・神農しんのう】が出した勅令のせいだ。


『逆賊【楊戩】を極刑に処す』──────────





   ◆   ◆   ◆





【天宮】から【西王母】に【炎帝神農(天帝)】の勅令をしたためた書簡を文官が届けに来た。文官は、届けるだけと命じられたのか慌ただしく帰って行ったがその様子を【西王母】とそこに居合わせた【竜吉公主】は不信に感じて【西王母】は、その場で書簡を開いた。通常は自室で1人で読むものだが、返書を催促しなかった文官の態度も通常では考えられないものだったので急ぎ目を通すことにしたのだ。


【西王母】は書簡の文面を見て、形の良い眉を顰める。


 その様子が気になった【竜吉公主】は、【西王母】の手から書簡を取って目を通すと読み終わった書簡を左右にチカラ任せに引っ張った。


【古代】の書簡は木簡で、薄い木の板を紐で繋いで巻物にしているのでチカラを入れて左右へ引っ張れば紐が切れてバラバラになる。


【竜吉公主】の手によって紐が引きちぎられたことで、書簡はカラカラと音を鳴らして床へバラバラに散乱した。


 竜吉公主「【炎帝】許すまじ………!【ジン】が逆賊だと?どちらが逆賊か【天宮】でハッキリさせてやる!」


 今にも飛び出して行きそうな【竜吉公主】を【楊戩】が後ろから捕まえる。【竜吉公主】に紐を引きちぎられたせいで床に落ちた木簡の音を聞いた【楊戩】は、様子を見に来たのだった。


 今の【竜吉公主】は激情に駆られて火傷しそうなほどの熱量だ。【楊戩】が現れなければ有言実行する勢いだった。


 楊戩「【竜吉】、一旦落ち着け!【天宮】からの書簡をガラクタにして………これ【崑崙十二仙】にも見せないといけないやつだろ」


【楊戩】は、【武術】のほうの実力も達人なのでスリムな体型に反して腕力があり体幹も強い。【竜吉公主】を後ろから抱擁するようにしっかり抱きとめている。


 頭に血を昇らせている【竜吉公主】は、この状態の抵抗は無駄な動きをしているだけなのだが、そんなことはすっかり頭から抜け落ちている。振りほどこうと肘を突き上げ、腰を捻るが、一切報われない。


 竜吉公主「【ジン】!離しなさい!」


【竜吉公主】は全身の力を込めて前に進もうとした。しかし【楊戩】の腕を振り切ることができない。【竜吉公主】の全動力を受け止め、無力化している。


 竜吉公主「ううっ………この細マッチョ………」


 やがて【竜吉公主】は力を使い果たし、荒い息を吐きながら【楊戩】の胸に背中を預ける形で脱力した。それでも口だけは達者だ。悪態をつく余力は残っていた。


 一連のやりとりの側では【西王母】が黙々と【竜吉公主】が紐を引きちぎったせいでバラバラになって散らかっていた木簡を拾い集めていた。怒りで荒れ狂う娘を婿に丸投げする中々肝の据わった【女仙】である。


【竜吉公主】がぐったりと脱力して【楊戩】が後ろから抱きしめているように見える状態の時に、【竜吉公主】の妹の【瑤姫ようき】が外出先から戻って来た。


 瑤姫「えっ!『濡れ場』!お邪魔しましたぁー」


 この状況を見れば『濡れ場』と思うのも無理はないが、最後のひとことは明らかに揶揄って言ったものだ。


 楊戩「いや………『修羅場』だった。【竜吉】がキレて少し暴れたんだ」


【楊戩】は先ほどの一悶着を振り返った。


 瑤姫「フフフ………『犬も食わない』ってヤツだね!【竜吉】姉上様、義兄上様、お熱いね」


【瑤姫】は痴話喧嘩でもしたと勘違いしているようだ。


 竜吉公主「【瑤姫】、お母様の集めた木簡を読んでご覧なさい。そんな軽口たたく余裕なくなるわよ」


【竜吉公主】の言葉に【西王母】は首を横に振って、集めた木簡を装束の袖に隠す。


 楊戩「やめろ。今度は紐がちぎれるだけではなく木簡のほうが破壊される」


【楊戩】は【西王母】の意を汲んで【瑤姫】に渡してはダメだと言った。


【瑤姫】は『【瑤池】の暴れん坊姫』と呼ばれる男勝りな【姫武者ひめむさ】なのだ。暴れられては、さすがの【楊戩】も制圧するのは難しい。


 瑤姫「チラッと見えたけど、紐がちぎれてもう壊れてるじゃない」


【瑤姫】は木簡の紐の切れ目が自然にほどけたものではなく、無理やり引きちぎったものだということに気づいた。


【瑤姫】は、先ほどまでカレシの【西海白竜王】と遠乗りしていたが、彼の元へ緊急の書簡が届き中身を読んで【白竜王】が書簡を引きちぎり木簡の板を【風】の【通力】で塵にしていたことを話した。その後は【白竜王】は気分が優れないと言って遠乗りデートはお開きになったと最後は【瑤姫】の愚痴で締めた。 


 西王母「では、あなたはその書簡の中身は見ていないのね」


【西王母】は、【白竜王】が塵にしてしまった書簡はおそらく自分が受け取ったものと内容が同じだと解ったので【瑤姫】が内容を知っているか否かを問いただした。


 瑤姫「見てないよ。だって見る前に塵になったもの」


【瑤姫】は、まだ【天帝】の例の世迷言・・・を知らないようだ。  


 そこへ、【娘々ニャンニャン】──────────生まれて半世紀未満で未婚の年若い【女仙】──────────が【西海白竜王様】が尋ねて来られたので【桃園】の【四阿あずまや】でお待ちいただいてます、と告げに来た。


 名目上、『男子立ち入り禁止』の【瑤池】なので【邸内】へ通すことはできないが【宴会】で使用する【桃園】の【四阿】へ案内するということは、【瑤池】では最高のおもてなしを意味する。


【瑤姫】は、先ほどまではデートを中断させられたことに不機嫌だったがカレシが尋ねてきたことを知るや、ゲンキンなものでパアッと表情が明るくなる。


 瑤姫「【ラン(白竜王)】の奴ぅー………案外カワイイ所あるじゃないか」


【瑤姫】のほうが少し年上なので、ここはオトナの余裕で途中すっぽかしは許してあげる流れだな、と上機嫌になっている。


 上機嫌な【瑤姫】を見て、【竜吉公主】は妹には残念な話をしに来たかもしれないと考える。


 竜吉公主((【ジン】、【閏様】は書簡を読んでるわ。このタイミングで【瑤姫】を尋ねて来るなんて、嫌な予感がするわ))


 楊戩((別れ話とか………そういう類の話か?2人とも、まだ婚約していないから気が早すぎると思うのだが))


【竜吉公主】と【楊戩】は【念話】で【白竜王】は別れ話をしに来たのではないかと予想する。


【白竜王】は【先代竜王・敖祥アオシャン】の第三子で【現竜王・敖広アオコアン】の弟である。そして、【炎帝】の『出生の秘密』を知る人物の1人だ。


【白竜王】の【種族・竜王一族】と【天帝一族】は、【竜王一族】から【公女】を嫁がせるしきたりがあるので、非常に密接で結束が固い関係にある。 


【瑤姫】が【桃園】に向かうのを【楊戩】と【竜吉公主】は同伴しても良いかと聞くと、【瑤姫】は万が一口喧嘩になった時に仲裁してくれる人は必要だからな、と良い風に解釈して快諾した。




   ◆   ◆   ◆




【桃園】の【四阿】に案内された【白竜王】は、【桃園】を眺めていた。


蟠桃会ばんとうえ】が開かれる3月は、【桃園】の桃の木は満開だが現在は緑色の葉が茂った新緑が眩しい光景だ。所々にうっすらとピンク色に【桃】が実をつけているのが見える。この【桃】は【仙桃せんとう】と呼ばれる【天界】の【瑤池】にしかない特別な【桃】で、この【桃】から【神酒・甘露酒】が造られる。


【白竜王】は、【娘々ニャンニャン】がお茶出しで置いて行った茶を一口飲む。ほんのりと【桃】の香りと甘みが口内に広がる。茶葉に【瑤池】の【仙桃】を乾燥させて細かく刻んだものを混ぜたここでしか飲めない【仙桃香茶せんとうこうちゃ】である。


【白竜王】は、【天宮】からの書簡を受け取り中身の文面にキレかけたので、年上のカノジョの【瑤姫】に子供っぽいカッコ悪い所を見られたくなくて、遠乗りを中断して【竜王宮(竜王一族の居城)】へ帰ったが、書簡の内容について【炎帝】の後見人の【当代竜王】で長兄である【青竜王】に書簡の内容を取り消させろと詰め寄ったが、兄【青竜王】からは【炎帝】のいつものワガママだと取り合ってもらえなかった。そして【白竜王】は、兄【青竜王】に【炎帝】説得を失敗したことである決心をして【瑤姫】に会いに来たのであった。


 そして勢いでやって来たが、【瑤姫】を呼びに【娘々】が去り1人で待っている間に少しずつ頭が冷えて来て、【白竜王】は自分の決心を【瑤姫】に伝える言葉をああでもないこうでもない、と思案していた。


 考え事をしていたせいで【白竜王】は【瑤姫】から「わっ!」と後ろから驚かされた時に、大げさなビックリリアクションをした。


【瑤姫】は、ドッキリ成功とバンザイのポーズでドヤ顔をしているので、遠乗りデートの途中ブッチは怒ってなさそうだと【白竜王】は、これから話そうとしていることを不機嫌な時に言いづらかったので、少しホッとした。


 しかし、【瑤姫】は1人ではなかった。彼女の姉【竜吉ロンチー公主】とその夫【楊戩ヤンジン】が同伴していた。


 白竜王「【ジン】!お前、今大変なことになってるぞ!」


【白竜王】は【炎帝】が【楊戩】を処刑すると勅令を出したという書簡の内容を口にした。


 渦中の本人である【楊戩】は、ああそう来たかと可能性として想定していた一例だったようでどこか他人事のような様子だった。


 楊戩「【竜吉】がキレて今にも【天宮】へ殴り込みに行きそうな勢いだったからな………俺は【破門】か【仙号剥奪】か【追放刑】か………まあ【極刑】も考えたが1番可能性が低かったのだがなあ」


【楊戩】は【炎帝アイツ】は本当に俺が邪魔なんだな、と寂しげに言った。


 瑤姫「はああ?私、初耳なんだけど!」


【瑤姫】は何で私に黙っていたの、と言いたげに【竜吉公主】を見た。


 瑤姫「義兄上様とイチャついてる余裕があったのに!私にそのこという暇はないとは言わせないから!」


 楊戩「【瑤姫】、お前がイチャついてるように見えたあの時は、【竜吉】がキレて暴れた後だったんだ」


【竜吉公主】が言い返すと姉妹喧嘩になりそうだったので【楊戩】がその時の状況を話した。


【瑤姫】は、そう言えば【西王母お母様】が紐がちぎれた書簡を持っていたと思い出した。


 瑤姫「【竜吉姉上様】、書簡引きちぎったの?あれ、【崑崙十二仙】にも見せないといけないやつでしょう」


 そして【瑤姫】は似たようなことを【白竜王】がやっていたのを思い出した。


 瑤姫「【ラン】が塵にした書簡!まさか、あれ同じ内容………」


 白竜王「うう………思わず何かに当たりたくなって………それからキレてる所を見られたくなくてつい………」


【白竜王】は、子供っぽい所を見られたくなかったのだが、子供っぽい感情の赴くままの行動をしたと白状した。


 白竜王「それで、【青竜王兄上】に【シン(炎帝)】の説得を頼んだけど、いつものワガママだって全然聞いてくれなかったから………もうついて行けないと思った。それで【瑤姫】と【人間界】に降下して、世界中を冒険しないかって誘うつもりでここに来た」


【白竜王】は白状したテンションで、自分の決心も一気に言い切った。


 瑤姫「それって………前から言ってた冒険しながら地図を作る話!」


【瑤姫】と【白竜王】は【世界地図】を2人で作ろうとしていたらしい。


【楊戩】は、【人間界】へ2人で降下のくだりは、『恋人が手に手を取って駆け落ち』の感じだったのだが、当人同士は『冒険の旅』気分のようでこの2人が恋人止まりで婚約にまで発展しない理由が何となく解った気がした。男女の友情の延長線上に恋人関係が成立している結果なのだ。


 白竜王「兄上は当てにならない!【ジン】、一緒に行くか?【人間界】には【竜化】で降下するから乗せて行くぞ。【汎梨ファンリー】も一緒だし1人2人増えても俺の背はまだまだ余裕だ!」


 ここで【汎梨公女】の名前が出たことで、事は【炎帝】のワガママで済まない事態になりつつあることに【楊戩】と【竜吉公主】は、この話は【西王母】の前でするべきだと【竜吉公主】は話を中断させた。

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