転生猫獣人での異世界スローライフ 〜人間になりたいのですが?!〜
ちょむくま
第1話
目が覚めると、知らない空が広がっていた。
薄い青色の空はどこまでも広く、高く、見慣れたはずの空とは違っていた。
周囲を見渡すと、見知らぬ木々が生い茂り、風が葉を揺らす音が耳に届く。
しかし、何よりも驚いたのは、自分の身体だった。
腕を上げてみる。
そこには人間の肌はなく、柔らかそうな毛皮がびっしりと生えている。
白と黒のまだら模様が、全身を覆っているのが見て取れた。
頭の上では、小さな三角の耳がぴくりと動く。
それから、視線を下へ向けると、しなやかな尻尾がゆらゆらと揺れている。
「……これは一体、なんだ?」
喉から声を出そうとしたが、出たのは人間のそれとは違う、かすかな鳴き声だった。
慌てて近くの小川に身をかがめ、水面をのぞき込む。
そこに映っていたのは、見慣れない顔。
大きな琥珀色の瞳がこちらを見つめている。
それは人間ではなかった。
間違いなく、猫の獣人の顔だった。
「どうして、俺が?」
思考がぐるぐると回る。
昨日までの自分は、普通の人間だったはずだ。
確かな記憶もある。
学校のこと、友達のこと、家族のこと。
全部、はっきりと思い出せる。
だが今、確かなことは一つ。
ここは異世界で、自分は猫獣人に転生してしまったということだ。
慌てて立ち上がろうとしたが、バランスが取れない。
四足歩行の身体は思うように動かず、尻尾がもたついて転びそうになる。
それでも、何とか立ち上がってみる。
「この身体で、生きていかなきゃならないんだ……」
そんな現実が、胸にずしんと重くのしかかる。
その時、遠くの方から人の声が聞こえた。
警戒心が一気に湧き上がる。
この世界で、何が待っているのか。
「人間に戻りたい……」
強く願いながらも、どこかでこの新しい身体に少しずつ慣れていく自分がいた。
森の中、ユウキは震える手(…⋯いや、手ではないけれど)をゆっくりと前に伸ばした。毛皮に覆われた細長い指先は、人間の頃の感覚とはまるで違った。爪は鋭く、少し触れただけで葉っぱがざりざりと擦れる音がした。
身体を動かすたびに、これまで経験したことのない感覚が波のように押し寄せてくる。四足歩行は本能的にできるようでいて、まだぎこちない。尻尾はふとした拍子にバランスを取るためにぴょんと跳ねたり、ぐるぐると回ったりした。
「こんな身体……慣れるのか?」
ユウキは何度も問いかけるが、答えは得られなかった。ただ、異世界の静かな空気が彼を包み込む。透き通った空気に混じる、木の香りや湿った土の匂い。遠くの川のせせらぎ。
今まで気づかなかった五感の鮮明さに戸惑いながらも、どこか新鮮さを感じていた。
その時、何かが茂みの中で動いた。ユウキは咄嗟に身を低くして、周囲を警戒した。だが現れたのは、一匹の小さな狐獣人だった。赤茶色の毛並みをしたその獣人は、好奇心いっぱいの瞳でユウキを見つめている。
「こんにちは……?」
口から出た声はか細く、今にも消え入りそうだった。
狐獣人はしばらくユウキを観察したあと、ゆっくりと近づいてきた。
「ここは、どこから来たんだ?」
狐獣人の声は優しく、少しだけ訛っていた。
ユウキは首を振りながら、言葉に詰まった。
まだ自分の状況を説明する言葉も感覚も追いついていなかった。
狐獣人はそれでも笑みを崩さず、手を差し伸べた。
「困っているなら、手伝うよ」
その言葉に、ユウキの胸の奥に小さな光が灯った。
異世界で孤独になるかもしれないという恐怖の中、最初の誰かの優しさが心の支えになった。
だが、その一方で、ユウキの心は揺れていた。
「本当は……人間に戻りたい」
そんな願いが、何度も何度も繰り返し響く。
この獣人の身体で生きていくことに慣れなければならない現実と、かつての自分に戻りたい気持ちとの間で揺れ動くのだ。
「どうすればいいんだ……」
ユウキは、深く息を吸い込んで、もう一度周囲を見回した。
見知らぬ森。未知の世界。まだ何もわからないけれど、確かなことは一つ。
「俺はここで、生きていくしかない」
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