それぞれの旅立ち

 バエルと別れ、彼から渡された神獣ウラナをカードをエルクリッドは見つめながら歩き進む。

 カードからは特別何かを感じるという事はなく、拒絶されてる感覚はない。使えるかはともかくひとまず持っておく分には問題なしと思ってカード入れへしまい、天幕等を片付け終えたノヴァ達と合流する。


「あれ? バエルさんは?」


「もう行っちゃったよ。話も、済んだしね」


 ノヴァに微笑みながら答えるエルクリッドの表情に影はなく、かと言って晴れ晴れというほどでもない。


 一つのものが終わり肩の荷が減ったと同時に少し軽くなりすぎてふわふわとしてるような心地とエルクリッドは自覚し、深く息を吐いてからいつものようにパンっと両頬を叩き気を引き締め直す。


「バエルがまた戦えるようになるにはそれなりに時間必要だから、シェダが挑むまでどうします?」


「神獣を探し出し確保するか、修行するか……あるいはゆっくり休むのも一つですね」


 リオの提示する案はどれを選んでも不利益にはならないとエルクリッド達は思い、各々考えをまとめていく。

 バエルが完全に回復し戦えるまで数日は必要となればやれる事も多く、何を選んでも良いのは悩ましいのも事実だ。うーんと揃って頭を悩ませていると、タラゼドがゆっくりと口を開き案を述べる。


「風の国シルファスのメビウス殿がいるホークの街へ行きませんか? あそこならば拠点とするに十分な施設がありますし、メビウス殿も快く宿を貸してくれると思います」


 風の国の公爵にして十二星召の一人メビウスの事に触れながらタラゼドは拠点にする街としてホークの街を挙げ、それを受けてエルクリッド達も少し考えて頷き応えた。


「メビウス様かぁ……優しそうですけど、強いんですよね?」


「もちろん、あの方はデミトリア殿と共にルナールの事件を解決に導いた風の国の英雄の一人……そしてバエルが勝てなかったリスナーでもあります」


 以前会った時の穏やかすぎる印象からエルクリッド達はメビウスが強いという姿を想像しにくいが、見た目では判断できないと思ってひとまずタラゼドの言葉を受け入れる。

 国盗り物語を終わらせた二人のリスナーの話は有名だ。一人はデミトリア、もう一人が彼を支えたメビウスと。


 そしてメビウスは今はその国盗り物語の大罪人であるルナールを監視下において星彩の儀を行っているという。彼の所にいれば続けて挑む事はもちろん、街の大きさもあり施設も十分で準備もしやすいだろう。

 神獣の情報についても大きな街、十二星召の所在地となれば入りやすい事も踏まえれば、次の目的地を風の国とし活動拠点とするのは合理的だ。


 エルクリッド達がそう考えをまとめている間にタラゼドが転移魔法の準備を進めていき、穏やかに微笑む彼の顔を見て自然と頷き応えると転移魔法により次の目的地へと旅立つのだった。



ーー


 エルクリッド達が風の国へと向かった頃、一人歩き進むバエルはカードを引き抜きそれを使い目元を隠す仮面を取り出し顔につけた。

 そんな彼の心に語りかけてくるのは、激闘を経た後静かに傷を癒やす彼のアセス・マーズだ。


(また仮面をつけたか……余程童顔が気になるようだの)


(……つけてないと落ち着かないだけだ。それに、これからどうするかも考えたいからな)


 ほう、と答えたマーズが目を細めつつバエルの心を見つめ、彼の変化を改めて感じ取り静かにほくそ笑む。


 と、バエルはマーズのカードを収めた右のカード入れから気配を察して足を止めると、赤麗たる妖艶な女性がいつの間にかおりバエルの頭をわしわしと撫でるもすぐに払われる。


「勝手に出てくるなマーズ」


「構わぬだろう、こうして人の姿を借りて自由に出られるというのもお前と共に歩んだ故に真化を果たした故、それは事実だからの」


 真化を果たし位階を上げたことでその存在は精霊や神に近づく。マーズもそれにより人の姿として自由に姿を見せ、舌打ちして再び歩くバエルの後ろをクスクス笑いながらついていく。


「して、次はどうするのだ? あの小娘を叩き潰すのであるなら、さらなる修練が必要……だろう?」


「基本に帰るだけだ。リスナーとして心技体を鍛え直す、今までと何も変わらない……いや、己を見つめ直しながら高みを目指す、だな」

 

 晴天の空を見上げバエルはマーズに答え歩き進み、やがて黒い炎が広がりながらバエルを包み込みマーズが本来の姿となり翼を閉じ抱擁するような姿勢を取る。

 翼の縁にバエルは触れながらフッと笑い、見下ろすマーズと目を合わせた。


「勝手に出てくるな、と言っただろう」


「妾はお前に従ってるわけではないと言ったろう、今までも、これからも、孤高の存在たるお前が何処まで行けるか……それに付き合ってやるだけと」


「それでいい、お前にしろ他の奴らにしろ、俺はついて来いとは言わない」


「皆まで言うなバエルよ……それで、いい」


 静かに黒い炎が消えながらマーズもた煙のように姿を消す。再び一人となったバエルは前に向き直ると手袋をしっかりとはめ、力強く前へと踏み出し旅立つ。


 終わりは始まり、それぞれの旅の目的が終わって新たな旅の始まりへ。いつかの再会と戦いを夢見ながら、現とする明日を信じて。


NEXT……

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