語られる答え

 太陽が昇り動けるようになったエルクリッドはいつものように仲間達と食事をする。違うのはその中にバエルがいるということと、その彼との壁のような空気が消えている事だった。

 仮面をつけてない事も相まって重苦しさはなく、少々気まずい程度の空気感で済んでいる。


(童顔、なんだなぁ……綺麗な目の色もしてるし……)


 改めてバエルの顔をもぐもぐと朝食を食べ進めながらエルクリッドは観察し、視線に気づく彼が目を向けるとすぐにそらし誤魔化す。


 激戦の翌日ではさすがに戦うのは不可能であるが、だからこそ落ち着いて過ごせているのも間違いない。そして、戦いを終え勝ったからこそ聞かねばならない事もある。


(あの時の事、聞かないと……でも……)


 メティオ機関壊滅の真実を聞きださねばならない、ただ今はその時ではないとエルクリッドは感じつつスープ皿を空にするとタラゼドに渡し、おかわりを受け取りさらに食事を進めようとすると不意にバエルが口を開いた。


「メティオ機関の話は後でしてやる」


「それは……うん、聞きたいけど」


「負けた以上、勝った者から逃げたりはしない」


 その言葉は自分に言い聞かせるように聞こえた。負けた以上は従う、あぁそうかとエルクリッドは改めてバエルという人間もまた何かを思い続けていたのだと悟り、タラゼドが手渡す皿を受け取るとすぐに食事を済ませ頬をパンっと叩く。


(あたしが聞く姿勢見せなきゃ失礼だもんね)


 一応依頼として十二星召の一人であるアヤセからバエルの件は言われてるものの、真実を聞く事は生き残った者としても、亡き友の思いを知る上でも通らねばならない道である。その覚悟をバエルが示した以上はエルクリッドも同じようにも思い、心を決めた。



ーー


 食事が終わりノヴァ達が天幕を片付けている間にエルクリッドはバエルと共にメティオ機関の慰霊碑の前へとやって来る。

 先日の激闘の影響もあってかなり土を被っていたものの、すぐにバエルがスペルカードを使って洗い流すとエルクリッドの方に向き、背筋を伸ばすのを確認してから静かに話し始めた。


「十五年前の火の夢の事件……俺の戦友達が先立った要因、そして我が師であるミリアの足跡を追っていく内にネビュラ・メサイアの存在に行き着いた。ようやく足取りを掴んだのが、ここにあったメティオ機関……お前がいた場所だった」


 バエルの師であるミリア・ダエーワがある日行方不明となり、それから数年後に五曜のリスナーが活躍する中でバエルを除く者が命を落とした事はエルクリッドも聞き及んでいる。

 そんな彼が一人で調査し行き着いたのがメティオ機関とネビュラの存在、火の夢の真実を求める為に外法を用いる事もいとわぬ恐るべき探求者として彼は数多の生命を利用したと。


「地下で見たのは半年前のエレメ島で見たものよりは小さいがほぼ同じもの、建物にいた者達を糧として成された繭というべきもの……それを破壊しなければならないと判断し、俺はカードを切った」


 エルクリッドの脳裏にバエルがしたであろう行動が目に浮かぶ。目の前にある新たな悲劇を生み出すものは既に生命を喰らっていた、ならばこれ以上の被害を防ぐ為にと破壊するのは当然の行動である。


 その結果、バエルは破壊にこそ成功したが連鎖的に建物全てを破壊する事に、焼き尽くさねばならない状況となってしまった事に心を痛めた。そうなる前に辿りつければ、また変わっていたと思えたから。


「結局、強さを極めようと救えぬものがあると思い知るだけだった。所詮手が届く範囲しか守れぬと……それを思い知らされた時に、お前が現れた」


 燃える建物を後にしようとした時に立ちはだかった若きリスナー、自分への敵意に対しカードを抜き戦う事で死を受け入れようともバエルは考えていた。だがそれでも死ねなかった、その強さ故に加減しても当時のエルクリッドとの実力差がありすぎた。


 そんな中で力無き者であるエルクリッドの行動が己と重なるものを感じさせ、激情に任せてトドメを刺そうとした時に彼女の教官であるクラブスが割って入り逃し、バエルは彼と戦い制する。


「クラブス教官は……あたしの事を知っていたの?」


「負かした後に全てを吐かせた。メティオ機関とはネビュラが実験材料とするリスナーを見つけ出す為の場であり資金源の一つであったらしい、機関中枢の者達はそのネビュラに協力していたアルダ・ガイストの配下……クラブス・アリスターもその一人だった」


「教官がアルダの……」


 元風の騎士にしてネビュラに協力し暗躍していたアルダ・ガイストが組織運営を決めていたのは想像がつき、彼の実力実績から直下の部下もいてもおかしくはない。

 だがそれが自分の親代わりでもあったクラブスというのはエルクリッドにとっては衝撃的で、しかし、一方でバエルの口ぶりから真実を隠してはいたが接していた事に関しては偽りないものとは感じ取れ、彼自身の言葉でそれは確信となる。


「……お前が火の夢の欠片を用いて生み出された存在と気づいたのは保護してしばらくしてからだったそうだ。だがすぐにネビュラの手元へ送らなかったのは奴の目的達成には幼すぎたという事や、リスナーの能力が不完全であった事も理由だった事もあるが、それ以上に、クラブス自身が己の行いに罪悪感を思うようになっていたかららしい」


 エルクリッドは初めての出会いを思い返す。母を失ってすぐにまだ幼竜のヒレイと出会い生活するようになり、それから少ししてクラブスと出会った。


 警戒心はなかった、自分を見つめるクラブスの眼差しが優しくも悲しみを秘めてたのを感じ取れ、それから連れてこられた場所で何となく悟れたものもあったから。

 それから彼の姓を貰って、教官として親として多くを教えられた。そんな彼の秘密がネビュラにまつわる事であり、それに心を痛めていたのは容易に想像がつきエルクリッドは胸に手をあて強く握る。


「教官は、優しい人だった……悪い事できる人じゃないし、最初はそうだって思ってたんだと思う。でも……」


 もしかすると卒業試験の日に全てを明かしてくれたのかもしれない、何も言わずにネビュラに引き渡したのか、あるいは直前で阻止しようとしたのか、今となってはわからない。


 わからないが、彼がバエルの手から生命をかけて守り通してくれた事は間違いないとエルクリッドは再確認し、改めてバエルと目を合わせ最期まで聞く姿勢を示す。


「俺にとってお前の存在は仇ではないが、捨て置けない存在だったのは間違いなかった。だが、クラブス・アリスターはお前はネビュラの思惑には従わないと、運命を乗り越える事を信じてると言った……かつて同じ事をほざいた奴を思い出させたのには驚いたが、な」


 火の夢の事件の事はエルクリッドも多くは知らないが、バエルの言うように彼にとって自分の存在があってはならないものと思われるのも致し方ないのも理解できる。それでもクラブスが守り通そうとしたのに理解を示したのは、バエルもまたその言葉に可能性を見出したからかもしれない。


「……あとは大体お前が知っている通りだろう。聞く事がなければ話は終わりだ」


(教官……マヤ……あたしは……)


 慰霊碑の方にバエルが視線を移しエルクリッドに背を向ける。

 詳細をもっと聞きたい思いもあれども、エルクリッドはそれ以上に自分を信じ生かそうとした者達の思いを背負ってきたこと、その重さや意味を改めて思えたこと、何より誰よりも強く戦いに疲れ果てて尚も僅かな希望を信じた誇り高く傷ついたリスナーの存在が自分と重なって見え、それ以上聞く事はなかった。

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