決着

 静かに風が吹き抜けても土煙が完全に晴れることはなく空を覆い尽くし、その中で安全を確認してからタラゼドが結界を解いて額の汗を手で拭う。

 すぐにノヴァがタラゼドより前へ飛び出てキョロキョロと辺りを見回すが未だ視界は悪く、彼女に続きシェダとリオもどっちが勝ったのかと鼓動を早めながらその瞬間に緊張していく。


 やがて土煙が晴れていくと土を被り倒れ伏せるエルクリッドとヒレイの姿があり、そしてその真反対にも同じような状態のバエルとマーズがいた。


「相打ち……ならこの勝負は……」


「いえ、相打ちならば既に二人のアセスは既に消えています。まだカードに戻っていないならば……」


「起きた方の、勝ち……」


 ピクリとも動かないエルクリッドへノヴァは駆け寄る気持ちを抑え握り締めた手を胸に置く。沈黙が続く中、ピクッとエルクリッドの指先が動き、身体をけいれんさせながらも身体を起こし四つん這いになって咳き込む。

 一瞬、そこでエルクリッドの勝利と思ってノヴァが走りかけるも、すぐにシェダが肩に手を置いて制止させ、バエルもまた息を切らし座り込む形で起きてるのに気がつく。


 やがてよろめきながら二人が立ち上がると倒れていた二体の火竜もまた弱々しく身体を起こし、立ち上がれない程の状態ながらも首を持ち上げ相手を捉え続ける。


 刹那、静寂を破るようにピシッという音が響き、直後にバエルの目元を隠していた仮面が砕け赤と緑の瞳持つ素顔を晒す。


「……仮面が、割れた、か。だが、それでいいのだろう、バエルよ」


 穏やかにそう言ったマーズにあぁとバエルが返すと、ふっと笑って誇り高き紅蓮妃竜ぐれんきりゅうがぐらりと倒れカードへ戻った。


 それをしっかりとって色彩を失う絵を見つめてからバエルはカード入れにしまい、エルクリッドと目を合わせ一言告げる。終止符を打つ、その言葉を。


「俺達の、負けだ……エルクリッド・アリスター、この勝負、お前達の勝利と……」


 全て言い切る前に前のめりにバエルが倒れ、それからすぐにエルクリッドも片膝をつきヒレイも倒れカードへ戻った。


「勝った、の……? あたし……あたし達……?」


 目の前には倒れているバエルがいる、そして彼は自分の負けを告げた。エルクリッドは全てを出し切りアセスも全て力尽きているが、自分の意識はある。

 そうした事実の積み重ねが少しずつ決着という事実を彼女に認識させ心身に伝わり、そこから導き出された感情が込み上げ目から涙が流れた。


「勝った……あたし……あたし達……!」


 目を大きくしながらエルクリッドは立ち上がり手を掲げようとしたが、がくんと膝から崩れ落ちて駆け寄ってきたノヴァが受け止めようとするも支え切れず、代わりにタラゼドが支えゆっくりと座らせる。


「お疲れ様ですエルクさん! やっと……やっと……!」


「ノヴァ……タラゼドさん……シェダ、リオさん……あたし……やったよ」


 目を潤ませるノヴァの頭を撫でながらエルクリッドはいつになく穏やかに微笑むタラゼドと、安堵した様子のシェダと、満面の笑みを見せるリオを見て気持ちが落ち着いた。


 喜びがあるのは間違いない、悲願を達成した事も、これまで培った全てを出し切り満ち足りてるのも。

 タラゼドが手をかざして治療しようとするとエルクリッドは待ってと一言告げ、倒れたままのバエルに目をやり察したシェダが彼の方へと歩いていく。


「バエルも治療するつもりでしたからご安心を。改めてお疲れ様ですエルクリッドさん、そしてお礼を言わせてください」


「お礼だなんて……あたしはあたしの目標を果たしたし、それに、皆がいたから頑張ってこれた、強くなれたから、あたし一人の力じゃありません」


 そうですねとタラゼドが返すとシェダが引きずるようにバエルを運び終え、直後にバエルが薄っすら目を開け起きようとするとエルクリッドが手を置いてそっと寝かせる。


「……お前達の、世話になるつもりは、ない」


「あなたはよくてもあたしがそれじゃ目覚め悪いの。タラゼドさん、お願いします」


 タラゼドが手をかざして柔らかな緑の光を降り注がせ治療を始めると、エルクリッドもそこで力尽きて意識を失いノヴァが寄り添って手を握り締めた。


 隣に横たわりすーすーと寝息を立てるエルクリッドの姿にバエルは何かを思いつつも目を瞑り、大人しく治療を受けながら胸中を明かす。


「タラゼド、俺は待っていたのかもしれない。俺を倒せる者を……クロスやデミトリア様とは違う者を、俺が認められずにいた答えを持つ者を、ずっと……」


「それが、エルクリッドさんだと?」


「……敗者が語れる事などない、な。だが、今ほど晴れ晴れとした心地よさは……デミトリア様の下で切磋琢磨し、ミリアに師事を受けてた頃以来、か……純粋に、強くなりたいと願った頃……」


 言い切れずにバエルもまた眠りにつき、その穏やかな表情はリオを通し彼女のアセスであるローズに伝わり懐かしき日々を思い返す。かつてバエルを鍛えていた頃に彼が見せていた笑顔にも似たそれを見ながら。


(バエル……やっと、素直になれましたね)


(ローズ……)


(彼が起きたら話をさせてください、色々、話したい事もありますから)


 わかりましたとリオが答えると静かにローズは心の奥底へと再び隠れた。

 それから一通り済んだと察してシェダが改めて周囲を見回し、凄まじい戦いであった事や二人が健在であるのが不思議でならないのを思い知り、深くため息をつく。


「で、これからどうします? これから街に戻って……ってするとバエルの奴が嫌がりますかね?」


「恐らくは。わたくしは治療に専念致しますので野営の準備をお願いしてもいいでしょうか」


「了解っす、ノヴァとリオさんも手伝い頼みます」


 戦いが終われば休んで過ごす、改めて話す事もある。その為の準備がある。


 そして決着があれば、新たな始まりもある事を身体を休めるエルクリッドはまだ知らない。



NEXT……

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