第四十一話『共振現象(レゾナンス)』

「この橋の本当の弱点は、お前らの下らねえ戦闘そのものだ!」


 ギムレットの言葉を、ヴォルガは理解できなかった。


「何を言っている、デカブツ…!」


「ウォォォォン……!」

 吊り橋の「うなり」は、もはや無視できない振動となり、立っていることすら困難になりつつあった。


「コウスケの奴が、『中央管理室』で見つけたのよ!」 暴風の中、クララが必死に叫んだ。

「この橋の『設計図』に、たった一つだけ、赤いインクで『警告』が書かれてたって!」


「警告だと…?」


「『特定周期の振動を与うべからず』!」 ギムレットが、ヴォルガの言葉を遮った。

「コウスケが言ってたぜ。『この橋は、特定の「リズム」で揺らすと、ありえないくらい揺れるようにできてる! 兵隊が行進して橋を渡らないのと同じ理屈だ!』とな!」


「なっ…!」

 ヴォルガは、その「兵隊の行進」という例えの意味を、知識として知っていた。 橋には、固有の「揺れやすいリズム(振動数)」がある。そのリズムと、外部からの力が一致した時、揺れは無限に増幅されていく。


それが――『共振現象(レゾナンス)』。


「ハッ! だが、どうやってその『リズム』を…!」

 ヴォルガが言い終わる前に、ギムレットは、恐ろしい笑みを浮かべた。


「こうやって、だ!」


 ギムレットは、それまでの激しい戦闘を、ピタリと止めた。 そして、その巨大な戦鎚(ハンマー)の「柄(つか)」で、橋の床板を、一定のリズムで「叩き」始めた。


「ドン……ドン……ドン……」


 それは、攻撃ではない。 まるで、古代の儀式のように、正確無比なテンポで、橋の「核」を叩く音。 その瞬間、橋の「うなり」が、ギムレットの叩くリズムと、完全に「同調」した。


「ウォォォォンンンン!!」


 橋が、狂ったように揺れ始めた。 もはや、立っていることは不可能。それは「揺れ」ではなく「暴動」だった。


「うわあああ!?」

「と、止まれ! 止まれ!」

 ヴォルガの部下たちが、ケーブルにしがみつこうとするが、振り落とされ、次々と峡谷の底へと消えていく。


「嬢ちゃん! 足を止めるな! 動き続けろ!」

 ギムレットは、自らも体勢を崩しながら、クララに叫ぶ。クララも、必死でケーブルからケーブルへと飛び移り、一点に留まらないことで、その破壊的な振動から逃れていた。


 だが、ヴォルガは違った。 彼は、橋の中央で、この世の終わりかのような揺れに翻弄され、完全に無力化されていた。


「ば、馬鹿な…! こんな『知識』だけで…! 俺の『力』が…!」


「そうだ」 そのヴォルガの目の前に、揺れの中心にいながら、まるで仁王のように片足で立つ、ギムレットの巨大な影が立ちはだかった。 彼は、自らが生み出した「共振」のリズムを、その職人の体幹で、完璧に読み切っていた。


「お前は、この橋を『利用』したつもりだった」 ギムレットは、ゆっくりと、戦鎚を振り上げた。


「だが、コウスケは、この橋の『声』を聞いたのよ」


「や、やめろ…!」

 ヴォルガが、初めて、命乞いのような声を上げた。


「これが、『設計者』への敬意(リスペクト)ってもんだ」

 

 ヴォルガが体勢を崩した、その決定的な隙。 ギムレットの全霊を込めた一撃が、もはや何の抵抗もできない空賊の王を、真正面から捉えた。


 轟音と共に、ヴォルガの体は、まるで紙切れのように吹き飛ばされ、自らが支配者だと信じて疑わなかった「空の架け橋」から、峡谷の闇の底へと、消えていった。


「…………」


 ギムレットが戦鎚のリズムを止めると、橋は、まるで何事もなかったかのように、ゆっくりと、その恐ろしい揺れを収束させていった。 峡谷には、ただ、風の音だけが戻ってきた。


「…終わった」

 クララが、ケーブルに身を預け、その場にへたり込んだ。 ギムレットは、ヴォルガが消えた奈落を見下ろし、静かに呟いた。


「…さて。こっちは『ケリ』がついたぞ、コウスケ。お前さんの方は、どうだ?」


二人は、コウスケが向かったはずの、砦(とりで)の方向を、固唾をのんで見つめるしかなかった。

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