第三十五話『作戦名:構造体誘導(ストラクチャー・ハック)』

 コウスケの覚悟は、絶望に沈んでいた「橋の民」と、仲間たちの心を動かした。


「…わかった」 クララは、涙を拭って立ち上がった。

「レオは、必ず取り返す。そのための『武器』が必要なんでしょ。行きましょう」


「フン」ギムレットも、戦鎚(ハンマー)を肩に担ぎ直す。

「ヴォルガの小僧に、本当の『職人の仕事』というものを見せてやらねば、気が収まらん」


 長老は、コウスケの土下座と、その揺るぎない覚悟に、震える声で答えた。


「…『守護者』は、我ら一族にも牙を剥く。じゃが…お主らの『知恵』が、その『古代の理(ことわり)』を超えるというのなら…賭けてみよう」

 長老は、リーダーのバルトに、隠された通路を開くよう命じた。


 「中央管理室」への道は、ヴォルガの空賊たちが使っているメンテナンス・ルートとは、まったく別の、巧妙に隠された「シャフト(縦穴)」だった。それは、橋の主構造(メインガーター)の内部を、垂直に貫いている。


「ここから先は、我らも久しく立ち入っていない」

 バルトの案内で、一行は、古代の昇降機(リフト)の残骸が残る、暗い縦穴を、ひたすらに登り始めた。


 数時間後。息を切らして辿り着いたそこは、峡谷の風が吹き荒れる、橋の最上層部だった。 そして、その中央に、まるで神殿のように鎮座する、巨大な円筒形の建物があった。


「…あれが、『中央管理室』か」

 ギムレットが、その異様な建築物を前に、唸った。 それは、他の建物とは明らかに材質が違った。継ぎ目のない、滑らかな金属質の外壁。この橋(アエリア)の、まさに「頭脳」と「心臓」を守るための、最強のシェルターだった。


その入り口に、「それ」はいた。


「…コウスケ、あれ…!」

 クララが、息を呑む。 入り口を守るように直立していたのは、石と金属で造られた、三メートルはあろうかという巨大な「ゴーレム」だった。だが、それはレオが『礎の谷』の地下で戦ったような、魔力で動く粗雑なものではない。古代の超技術によって造られた、完璧な「自動人形(オートマタ)」だった。


『――警告。権限なき者の立ち入りを禁ず』

 ゴーレムの水晶のモノアイが赤く点灯し、合成音声のような、感情のない声が響いた。


「うわっ、しゃべった!」

「ギムレットさん、クララ! 構えろ!」

 ギムレットが戦鎚を、クララが弓を構える。


「無駄だ!」

 ギムレットが先制の一撃を叩き込むが、キィン!と甲高い音を立てただけで、その金属の装甲には、傷一つ付かない。


『――最終警告。速やかに退去せよ』

 ゴーレムの腕が変形し、高圧の蒸気(スチーム)を噴射する機構が姿を現す。


「くそっ、コウスケ! こいつ、どうすりゃいいんだ!」

 レオの二の舞は避けたい。ギムレットもクララも、迂闊(うかつ)に手を出せない。


 コウスケは、武器を構えず、そのゴーレムを【万物積算】でスキャンしていた。


(…魔力回路じゃない。これは、蒸気と精密な歯車(ギア)で動く…『機械』だ)


 彼は、ゴーレムの目的が「戦闘」ではなく、「警備(セキュリティ)」であることを見抜いた。


(こいつは『守護者』じゃない。『管理人』だ)


 コウスケは、仲間たちを制止し、一歩前に出た。


『――権限なき者よ。攻撃とみなし、排除する』


「待て!」 コウスケは、ヴォルガを脅した時とは違う、純粋な技術者としての声で叫んだ。

「俺たちは、攻撃者じゃない! 『技術者(エンジニア)』だ!」


「…?」

 ゴーレムの動きが、一瞬、止まった。 コウスケは、一世一代の「ハッタリ」に出た。


「この橋(アエリア)の構造体に、重大な『欠陥』が発見された! ワイバーンによる『想定外荷重』で、鐘楼(しょうろう)が崩落。メインストリートの一部床版(しょうばん)も、崩落の危険性あり!」


  彼は、日本で叩き込まれた「災害時緊急報告」の口調で、まくし立てた。


「これより、『緊急構造監査(きんきゅうこうぞうかんさ)』の権限を要求する!」


『…………』 ゴーレムは、数秒間、沈黙した。

『…『緊急構造監査』。プロトコル、作動。…だが、認証(オーソライズ)が不足している。『マスター・コード』を提示せよ』


「くっ…」

 やはり、万事休すか。 その時、クララが、ゴーレムの背後にある、管理室の巨大な扉を指差した。


「コウスケ! あの紋章…!」


そこには、この橋の入り口にも刻まれていた、建設ギルドのものらしき紋章と、その下に、古代のルーン文字で「建造年」らしき数列が刻まれていた。


「あれ、この橋の『竣工日』じゃないかしら!?」


 コウスケは、その数字に賭けた。


「マスター・コード、『XXXX-XX-XX』(※建造年)!」


『……コード、認証。低レベル(レベル3)管理権限、承認』 ゴーレムのモノアイが、赤から、穏やかな青へと変わった。


『――『中央管理室』への入室を許可する。構造監査を開始せよ』

 ゴゴゴゴ…と、重い音を立てて、数千年閉ざされていた、鋼鉄の扉が開き始めた。


「…やったか!」

「すげえ、コウスケ! また口だけで…!」

 クララとギムレットが、歓喜の声を上げる。


 一行が飛び込んだ「中央管理室」は、神殿のような場所だった。 そこは、魔術の工房ではない。完璧な「設計事務所」であり「構造計算室」だった。壁一面に、信じがたいほど精密な橋の「図面」が掛けられ、中央には、橋全体の巨大な「構造模型(モックアップ)」が鎮座している。 そして、その奥の祭壇のような場所に、何十冊もの分厚い「本」――羊皮紙ではない、金属の板に刻み込まれた、『設計図書(せっけいとしょ)』が収められていた。


 コウスケは、その中の一冊…『竣工時図面(アズビルト・ドローイング)』と記された書板を手に取った。 彼は、その冷たい金属の板に、両手を置いた。


「――【万物積算】!」


コウスケの脳内に、この橋(アエリア)の、設計から施工、完成に至るまでの、数千年分の「すべて」の情報が、濁流のように流れ込んできた。 ヴォルガが知っていた、浅い知識が、一瞬で塗りつぶされていく。


「…そうか。そういうことか…!」


 ヴォルガが「罠」として使っていた床(しょうばん)は、元々、『重量物搬入用の、交換式デッキ』だった。 ヴォルガが「奇襲用」に使っていた通路は、『送風管(ダクト)用の、メンテナンス・ルート』だった。 彼は、設計者の「意図」を、表面的に悪用していたに過ぎない。


 コウスケの目は、ヴォルガがまったく気づいていない、この橋の「本当の機能」を捉えていた。 橋全体の「荷重(かじゅう)」を調整するために、意図的に「動かす」ことができる、『可動式バランサー(稼働床)』の存在。 橋の各区画(ブロック)を、緊急時に「切り離す」ための、『緊急遮断(しゃだん)ボルト』の隠し場所。


「……見つけた」


 コウスケの口元に、ヴォルガのそれとは違う、冷徹な、しかし確信に満ちた笑みが浮かんだ。 彼は、仲間たちに向き直った。


「クララ、ギムレットさん。作戦(プラン)が、できた。ヴォルガは、この橋を『支配』しているつもりでいる。だが、彼は、この巨大な『機械(橋)』の、本当の『動かし方』を知らない」


 コウスケは、設計図書の一枚を指差した。


「レオを救い出し、空賊どもを一網打尽にする。そのための、前代未聞の作戦だ。作戦名――『構造体誘導(ストラクチャー・ハック)』だ」

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