第十三話『事業精算と実現可能性調査(フィージビリティ・スタディ)』

浄化された遺跡から地上へと戻った時、一行を待っていたのは夜明けの光だった。死の気配が消え、清浄な空気が満ちる中、街の領主と兵士たちが安堵と称賛の入り混じった表情で彼らを出迎えた。




英雄の帰還を誰もが讃えようとしたその時、コウスケは領主の前で深く一礼すると、土埃に汚れた顔を上げて、静かに告げた。




「領主様。『地下遺跡・システム正常化プロジェクト』、これにて竣工となります。脅威の無力化、および現場の安全性確保、確認いたしました」




彼の頭の中では、勝利の余韻とは別の計算が始まっていた。




(レオの負傷…全治には高ランクのポーションが3本。ギルドの備品では足りない、購入費は金貨十五枚。ギムレットさんの戦鎚が受けた損傷…ドワーフの特殊な砥石が必要だ、費用は二十枚。今回投入した俺の『制御魔晶』は一点モノの試作品。その開発コストを考えると、今回の勝利は、正直、割に合わん…)




ギルドハウスの作戦室に戻ると、コウスケは開口一番、こう言った。




「今回の勝利で失ったものを計算しろ。儲けのない勝利は、次への投資ができない。次の危機が来れば、俺たちは詰むぞ」




その言葉に、レオたちの表情が引き締まる。勝利の熱狂ではなく、コスト意識という冷徹な現実で、彼はチームの意識を統一した。




治療を終えたレオも席に着くと、コウスケは部屋のホワイトボードに大きく文字を書き出した。




【資産】




「さて、今回のプロジェクトで我々が手に入れたものを整理しよう」




彼が指したのは「平和」や「名声」ではない。「資産」という項目だった。




「あの祭壇は、今や安定した良質な魔力の供給源だ。これを『資産』として活用する。具体的には、この魔力を街の工房にレンタルし、リース料を取る。あるいは、浄化された遺跡自体を、高レベル冒険者向けの有料訓練場として貸し出す。これはギルドの新しい収益事業になる」




神聖な遺跡を「金儲けの道具」として語るコウスケに誰もが驚くが、彼は構わず続ける。




「感傷に浸るのは後だ。まず事業を軌道に乗せ、今回の赤字を補填し、黒字化する。それがギルドマスターとしての俺の仕事だ」




ギルドの経営計画に具体的な道筋を立てたところで、コウスケは大陸地図を広げた。そして、祭壇で得た情報を、今度は「建築士」の言葉で語り始める。




「あの遺跡は、単なる地下の廃墟じゃない。あれは、大陸そのものを支える、巨大な『基礎構造(ファウンデーション)』の一部だったんだ。そして、大陸の主要な場所には、同じような『基礎』がいくつも埋め込まれている。その巨大な基礎構造物群が、ネットワークとして大陸のプレートを安定させ、世界の守りとなっていた…」




その言葉に、クララは息を呑んだ。『礎(いしずえ)の谷』――この街の名前が、今、本当の意味を持って胸に響く。 彼女は、その壮大なビジョンを的確な言葉で要約した。




「…つまり、世界遺産クラスの『指定文化財』が、大陸中にあって、その全てが倒壊寸前ってこと?」




「ああ、その通りだ」




コウスケは頷いた。 その、あまりにも途方もない話に、しかし仲間たちは臆さなかった。




「面白ぇ。やろうぜ、ボス」


とレオが笑い、




「古代の偉業を蘇らせる、か。悪くない」


とギムレットが頷く。




クララも「史上最悪のプロジェクトね」と呆れながらも、その目は挑戦の光に満ちていた。




仲間たちの覚悟を確認したコウス-ケは、しかし、彼らの熱意を現実で制した。 彼は新しい紙に、力強い字でこう書き出す。




【大陸古代建築群・保全計画:フェーズ1・実現可能性調査(フィージビリティスタディ)】




「気持ちだけで世界は救えない。巨大プロジェクトを動かすには、まず『金』が必要だ。俺たちの次の仕事は、大陸を旅して他の建築物を探すことじゃない。まず、このギルドの経営を安定させ、今回の赤字を埋め、次期計画の『調査費用』を稼ぎ出すことだ」




彼は仲間たちを見る。その瞳は、夢見る冒険家ではなく、冷徹なプロフェッショナルのものだった。




「冒険は、貸借対照表(バランスシート)から始まる。これが俺のやり方だ」




それは、剣と魔法の世界に対する、一人の建築コスト管理士の、静かな宣戦布告だった。

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