第十話『システム改修(システム・リデザイン)』
ギルドハウスのプロジェクト管理室には、領主、ドワーフ王ギムレット、そしてコウスケのチームが集まっていた。コウスケは、先の地下遺跡での調査で得た情報を共有する。
「あの遺跡は、単なる古代の廃墟ではありません。特定の目的のために設計された、巨大な『魔法システム』です。そして、あの魔術師は、そのシステムの『管理者(アドミニストレーター)』です」
問題は、遺跡の物理的な破壊ではない。遺跡の機能を停止させ、魔術師の支配から奪い返すこと。それは、「巨大な魔法システムを、外部から改修する」という、前代未聞のプロジェクトだった。
コウスケは、領主に協力を仰ぎ、街に保管されている古代の文献や伝承を徹底的に調査するよう依頼した。数日後、図書館に籠もっていたクララが、一冊の極めて難解な古文書を手に、興奮気味に駆け込んできた。
「コウスケ、見つけたわ!これは、大昔にこの谷の治水工事を行った人物が遺した、『古代遺跡・調査報告書』よ! 遺跡が危険なものと判断され、その構造や機能を封印するために調査され、記録されたものだそうよ!」
それは、遺跡の「仕様書」であり「メンテナンスログ」だった。記述の多くは暗号化されていたが、コウスケの【万物積算】スキルは、その暗号化されたデータと、自身が現地でスキャンした物理データを照合することで、その意味を少しずつ解読していった。
「…なるほど、そういうことか」
数時間後、全ての解読を終えたコウスケは、一つの「正解」にたどり着いていた。 「この遺跡の心臓部は、三つの安全装置(セーフティロック)によって守られている。そして、この報告書には、緊急時にそれを外部から停止させるための『メンテナンス・プロトコル』が記されている」
◇
コウスケは、解読した「仕様書」を元に、精鋭チームを編成し、シミュレーションを開始した。
「いいですか、プロトコルの実行猶予は、敵の注意を引いてから15秒以内に完了させる、一連の精密作業に懸かっています」
コウスケは、彼が書き上げた『古代遺跡・制御システム実行手順書』を指し示す。
「まず、レオ率いる【突破チーム】が、魔術師とオークの注意を引きつけ、最低でも15秒間の時間を稼ぎます。その15秒が、我々の全てです」
「その間に、【構造解除チーム】が心臓部(コア)へ到達。ギムレットさん、あなたの出番です。報告書によれば、この『物理インターロック』は、古代合金製の巨大なレバーです。これを、3秒かけて指定された角度まで正確に引き下げる。あなたの力と技術なら可能です。これがフェーズ1。これにより、コアの外部装甲が開きます」
ギムレットは、腕を組んで静かに頷く。
「装甲が開くと、コアの祭壇が出現します。そこには無数のルーン文字が明滅しているはず。クララ、【魔力制御チーム】の出番だ」
コウスケは、クララに解読した古文書の写しを見せる。
「報告書によれば、物理ロックが解除された直後、システムの緊急メンテナンスモードに入るための『アクセスコード』が、数秒間だけ表示される。君の役割は、5秒以内に、事前に記憶したパターンの中から正しいコードを『照合・識別』し、詠唱すること。君の弓使いとしての集中力ならできる。これがフェーズ2」
クララは、ゴクリと唾を飲み込み、強く頷いた。
「クララの詠唱が成功すれば、コアのシステムは一時的に無防備な『書き換え可能モード』に移行する。最後の仕上げは、俺たちの『共同成果物』が決めます」
コウスケは、机に置かれた、複雑な回路が刻み込まれた手のひらサイズの水晶を取り上げる。それは、ドワーフの超絶技巧と、魔術師たちの繊細な魔力が融合した、芸術品のような輝きを放っていた。
「これが、俺が古代の仕様書を元に『再設計』し、ギムレットさんの一族に『製造』を、クララたちのチームに『魔力付与』を依頼した、新しい制御プログラム、『制御魔晶(コントロール・クリスタル)』です。書き換え可能モードになったコアには、この魔晶を挿入するスロットが出現する。それを5秒以内にセットし、システムを完全に掌握する。ここまで、レバーの作動から合計13秒。これがフェーズ3、我々の『システム改修』です」
それは、もはや謎解きではない。敵のシステムのセキュリティを突破し、最高の専門家たちの技術を結集して作り上げた「更新パッチ」をインストールする、極めて高度な「ハッキング」であり「上書き保存」だった。
◇
そして、決戦の日。 包囲網の完成によって、完全に活動を停止したオークの砦の入り口から、コウスケ率いる精鋭チームが、再び地下へと潜っていく。 彼らの手には、武器ではなく、測量器具や、解読された「報告書」の写し、そして何よりもコウスケが作り上げた「実行手順書」が握られていた。
「目標は、遺跡の『心臓』の掌握。これより、『地下システム改修プロジェクト』を開始する」
コウスケの静かな声が、闇に響き渡った。彼らの使命は、この谷の未来を「再構築」することだ。
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