第八話『人材と資源(ヒューマンリソース)』

コウスケ・アーデンは、領主とギムレットから全権を委任され、街とドワーフの全てのリソースを動かす権限を得た。 しかし、プロジェクトの初日、現場は凄まじい混乱に包まれていた。




防衛網の建設予定地に集められた街の住民たちは、不満を隠そうともしない。




「なぜ、俺たちがこんな土方仕事をしなきゃならねぇんだ…」


「どうせ、領主様の気まぐれだろ…」




一方、ドワーフたちはそんな人間たちを見下し、その作業の遅さにイライラを募らせていた。




「おい、人間!その石の運び方じゃ、日が暮れるわ!これでは納期に間に合わん!」




異なる種族間の不信感、強制された労働への反発、そして未来への絶望。負の感情が渦巻き、作業効率は最悪の状態だった。コウスケは、プロジェクトの成否を分ける、新たなチーム間の「品質管理」という課題に直面していた。




その日の夕方、コウスケは全ての作業を中断させ、集められた全員の前に立った。 彼は、精神論を語らない。ただ、黒板に【万物積算】で算出した、具体的な数字を書き連ねていった。




「この防衛線が完成すれば、オークの脅威は完全に消滅し、二度と臨時税が課されることはない。そして、北回りバイパスは、この街に年間金貨500枚以上の利益をもたらす。これは、無駄な労働ではない。君たち自身の未来への『投資』だ」




次に彼は、集められた住民の中から、それぞれの特性を見抜き、適材適所の配置を発表していく。




「元・大工のバートは、木材加工チームの責任者だ」


「足の速い若者5名は、伝令と資材運搬を専門とするロジスティクス・チームとする」


「レオは、資材を狙うモンスターからの現場防衛チームの責任者。クララは、全体の進捗管理と、各チーム間の連絡調整役を頼む」




コウスケは、彼らの不満を「コスト」として算出し、彼らがこの工事に参加することで得られる「バリュー(未来の利益)」を明確に提示したのだ。さらに、作業に見合った具体的な報酬(給与)も約束した。




住民たちの顔から、不満の色が消え、彼らは初めて「自分たちの仕事が、街の未来に繋がっている」という当事者意識を持ち始めた。







次の問題は、「資材」だった。広大な防衛網を築くには、莫大な資材が必要となる。通常のルートでは、納期にも予算にも到底間に合わない。 コウスケは、商人ギルドに協力を仰ぎ、さらに周辺の廃墟や、モンスターの巣窟から出る鉱石を、レオの防衛チームに回収させた。




そこには、通常では誰も見向きもしないような、安価だが堅牢な「泥岩」や、加工すれば特殊な接着剤になる「魔物の体液」など、コウスケしか見つけられない「隠れた資材」が眠っていた。 彼は、それらを「代替資材」として活用するための、新たな建設計画を立案する。




資材が手に入っても、建設現場まで運ぶには時間がかかる。 コウスケは、ドワーフの持つ技術と、住民たちの労働力を組み合わせ、現場までの「簡易トロッコ軌道」の建設を指示した。これにより、資材の運搬効率は飛躍的に向上した。




コウスケの指揮のもと、巨大な防衛網は驚異的なスピードで構築されていく。 住民とドワーフが協力し、塹壕が掘られ、城壁の基礎が築かれていく様子は、まさに壮観だった。




『蛇の道』の砦に立てこもるオークたちは、自分たちの拠点を取り囲むように、巨大な「何か」が日々形成されていく様子を見て、明らかに焦りの色を見せ始めていた。彼らは散発的な攻撃を仕掛けてくるが、レオ率いる防衛チームと、要塞化されつつある現場の前に、その全てが跳ね返された。







防衛網の完成が近づき、領主はコウスケの能力に改めて驚嘆していた。




「まさか、二ヶ月でここまでやるとは…見事だ、コウスケ殿」




しかし、コウスケの表情は晴れない。彼は、完成間近の防衛網を眺めながら、領主に告げた。




「これは、まだ第一段階に過ぎません。オークたちがこの谷を狙う真の目的…その『古代遺跡』が、どこにあるのか。それを見つけ、彼らを完全に退けるための、もう一つの計画があります」




彼の視線の先には、地質図に示された、オークたちの砦の真下にある、不自然な地層が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る