第7話『脅威分析(スレット・アナリシス)』

オークの襲撃を退けた現場は、安堵と興奮の熱気に包まれていた。レオは仲間たちと勝利を称え合い、ドワーフたちは自分たちが作った塹壕の頑丈さに満足げな表情を浮かべている。




だが、コウスケ・アーデンだけが、その輪から離れ、冷静に被害状況を確認していた。 彼は、ギルドハウスから持ち込んだ黒板に、チョークで文字を書きつけていく。




【プロジェクト名:オーク襲撃による戦後処理】


人的資源損失: 軽傷者5名(2日間の作業離脱)


物的資源損失: 資材(木材・鉄材)約15%を損失。追加調達コスト、金貨50枚。


固定資産への影響: ドワーフ製削岩機、耐久度30%低下。修繕費、金貨20枚。


最大の損害: プロジェクト工程の、推定7日間の遅延。




レオが「マスター!俺たちの勝ちだ!」と肩を叩いてきても、コウスケの表情は険しいままだった。




「勝った?違うな。これは、高くついた引き分けだ」




彼はクララに向き直る。




「報告にあった、撤退していくオークの様子…本当にただの野盗だったか?」


「いえ…」


クララは顔を曇らせた。




「あまりにも統率が取れすぎていました。まるで、本物の軍隊のように…」




その言葉に、コウス-ケは確信を深めていた。




「リーダーを失えば四散するはずだ。彼らの背後には、何かがいる…」







翌日、コウスケはバイパス工事を一時中断するという、苦渋の決断を下した。




「敵の正体が分からないまま、次の襲撃を受ければプロジェクトは完全に破綻する。今必要なのは、『脅威分析(スレット・アナリシス)』だ」




彼は、弓使いであり、隠密行動に長けたクララをリーダーに任命し、レオを含む少数の偵察チームを編成した。その目的は、オークたちの拠点である『蛇の道』の威力偵察。




コウスケはクララに、手製の「調査報告書(フォーマット)」を渡した。敵の数や装備だけでなく、食料の備蓄状況、部隊の士気、そして「彼らが何を目的としているのか」を重点的に調査するように、と。




数日後、クララが持ち帰った情報は、コウスケの最悪の予想を上回るものだった。




「…オークたちは、人間が作ったと思われる古い砦を拠点に、高度な軍事訓練を行っていました。彼らはもはや、ただのモンスターではありません」




「…それに、彼らを率いているのは、オークじゃなかった」




クララは、震える手でスケッチを広げる。そこに描かれていたのは、黒いローブを纏った、人間の魔術師のような謎の人物だった。




「そして、これが…彼らの本当の目的かもしれません」




彼女が命がけで持ち帰った羊皮紙の断片。それは、『礎の谷』の詳細な地質図と、古代遺跡に関する記述だった。




「彼らの狙いは、道じゃない。この谷、そのものよ…!」







全ての情報が揃った。コウスケは、プロジェクト管理室に閉じこもり、新たなマスタープランの策定を開始した。それはもはや、道を造るための計画ではない。街を守り、オークを無力化するための、壮大な「防衛プロジェクト」の全体計画だった。




彼は、敵の兵力、兵站、目的、そしてこちらの持つ資材、人員、技術、そのすべてを【万物積算】でデータ化し、無数のシミュレーションを頭の中で繰り返した。




翌日。コウスケは、街の領主と、ドワーフ王ギムレットを招聘し、緊急のプレゼンテーションを行う。 領主とギムレットは、砦に籠城するか、討伐隊を送るかの二択しかないと考えていた。




しかし、コウスケが提示したのは、誰も想像しなかった第三の選択肢だった。




「籠城は、兵糧攻めで負けます。討伐は、兵力差で負けます。我々が勝つ方法は、一つしかありません」




彼が壁に貼り出したのは、一枚の巨大な工程表(ガントチャート)だった。 「オークたちが砦から出てこられないように、彼らの拠点ごと、この谷から『隔離』します」




コウスケが提案したのは、「“蛇の道”完全封鎖を目的とした、大規模防衛建築プロジェクト」。 それは、オークの砦の周囲に、二ヶ月以内に「塹壕」「城壁」「監視塔」からなる巨大な包囲網を『建築』し、彼らを完全に封じ込め、兵糧攻めにするという、前代未聞の作戦だった。




「彼らの目的がこの谷なら、必ず砦から出てきます。我々は、最高の『現場』を造り、そこで彼らを迎え撃つんです」




常識外れの計画に、領主とギムてレットは言葉を失う。 コウスケは、彼らに問うた。




「この戦争(プロジェクト)、私に『管理』させていただけますか?」




街の存亡は、一人の建築コスト管理士の、その双肩にかかった。

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