第六章 覚醒の代償
警報が鳴り響く中、私は地下施設への階段を降りた。そこには数百の培養ポッドが並んでいる。透明な液体の中で市民たちが安らかに眠っている。若い者もいれば、年老いた者もいる。しかし、みな一様に穏やかな笑みを浮かべていた。
彼らは幸福だった。現実よりも確実に、完璧に幸福だった。私にその夢を奪う権利があるのだろうか。
私は一つのポッドの前で立ち止まった。中にいるのは二十歳くらいの美しい女性だ。金髪を海草のように漂わせ、まるで人魚のようだった。
彼女のポッドに手のひらを当てる。ガラス越しに感じる温もり。私はこんな安らぎを得たことがかつてあっただろうか。
突然、彼女の目が開いた。培養液の中で私を見つめている。口が動いた。声は聞こえないが、唇の動きで言葉が分かる。
「助けて……」
私は愕然とした。
彼女は意識があるのだ。
夢の中にいながら、現実も認識している。
他のポッドも確認した。何人かが目を開けており、同じように助けを求めている。彼女たちは自分の状況を理解していた。そして脱出を望んでいる。
私は決断した。
即座に機械の電源を落とす。
メインコンソールに向かい、シャットダウンの手順を確認する。幸い操作は複雑ではなかった。旧文明の技術者たちは緊急事態を想定してシンプルなインターフェースを設計していたのだ。
私は緊急停止ボタンに手をかけた。これを押せば全てのシステムが停止し、培養ポッドの人々は強制的に目を覚ます。だが同時に、機械に依存していた者たちは死ぬかもしれない。
躊躇している時間はなかった。遠くから足音が聞こえてくる。援軍が到着する前に決着をつけなければならない。
私はボタンを押した。
施設全体の照明が点滅し、機械音が止まった。培養ポッドの循環システムが停止し、液体の排出が始まる。
最初に目を覚ましたのは金髪の女性だった。咳き込みながらポッドから這い出してくる。
「あなたは……?」
「エンフォーサーのノアだ。ここから脱出する」
他の女性たちも次々と目を覚ました。中には機械との接続時間が長すぎて意識を失っている者もいたが、大半は自力で動くことができた。
「何が起きているの?」
「私たちはどこにいるの?」
混乱する市民たちに私は簡潔に説明した。
「あなたたちは経験機械に接続されていた。今は自由だ。だがここは危険な場所だ。すぐに脱出しなければならない」
その時、施設の入口から武装した警備兵たちが乱入してきた。
「侵入者を発見! 射殺せよ!」
私は市民たちを守るため、前に出た。グロック17を抜き、制圧射撃を行う。
「みんな、ポッドの陰に隠れろ!」
銃撃戦が始まった。培養施設という特殊な環境での戦闘は困難を極めた。ポッドや機械装置が入り組んでおり、視界が制限される。おまけに民間人を守りながらの戦闘だ。
敵は八人。全員がアサルトライフルで武装している。私は拳銃一丁で対抗しなければならない。
だが私には地の利があった。施設の構造を把握しており、ポッドの配置を利用して敵の動きを制限できる。
一人ずつ丁寧に狙撃していく。頭部への精密射撃。確実に一撃で仕留める。弾薬は限られているからだ。
戦闘が終わった時、私の弾薬は残り三発になっていた。
「すごい……」
金髪の女性が呟く。
「あなたは何者なの?」
「後で説明する。今は脱出が優先だ」
私は市民たちを引き連れて施設を出た。廊下には更なる警備兵が待ち構えているかもしれない。
だが意外なことに、要塞内は静寂に包まれていた。私の通信が効果を上げているのかもしれない。各コムの軍勢が接近していることを知り、守備隊が対応に追われているのだろう。
外に出ると、遠くから砂煙が上がっているのが見えた。複数の方向から軍勢が向かってくる。私が撒いた種が芽吹き始めている。
「あれは何?」
「新しい時代の始まりだ」
私は市民たちを安全な場所まで誘導した。要塞の外周部にある避難用シェルターだ。
「ここで待機していてください。戦闘が終わったら救助が来ます」
「あなたはどこへ?」
金髪の女性が尋ねる。
「まだ仕事が残っている」
私はシェルターを後にした。最後にやるべきことがある。
要塞の中央制御室に向かった。そこでプロメテウスの全システムを管理している。水の供給システムもそこにあるはずだ。
制御室は無人だった。オペレーターたちも避難したか、あるいは経験機械に接続されていたのだろう。
私はコンソールを操作し、水の供給システムを確認した。確かに一ヶ月前から停止されている。だが水源は豊富にあった。問題は経験機械への電力供給が優先されていたことだ。
私はシステムを再起動し、エデンへの水の供給を復旧させた。これで契約は履行される。
その時、制御室のドアが開いた。
そこにはスカーレットが立っていた。
「貴様は……私が撃ち殺したはずだ……」
「ふっ。私のクローンのことか。安心しろ、この要塞にはあと7体の私がいる」
スカーレット(それがオリジナルかどうかは判断できないが)は醜悪な笑みを浮かべた。
「おまえは……排除されなければならない」
彼女は片手で銃を構えている。
「この街を破滅させた張本人だからな」
「私は契約を履行しただけだ」
「契約? 馬鹿馬鹿しい。おまえは数百人の幸福な人生を破壊しただけだ」
スカーレットの目に怒りが燃えている。
「彼らは現実に戻りたがっていた」
「一部の人間だけだ。大多数は幸福だった……」
「それは彼らが選ぶことだ。外部の者が決めることじゃない」
「選択? 洗脳された者に選択の自由があるとでも?」
私たちは対峙していた。どちらも譲るつもりはない。
「おまえは何も分かっていない」
スカーレットが銃を構えた。
「この街の真の美しさを」
私も銃を抜いた。
残弾三発。
最後の戦いだ。
二人は同時に発砲した。
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