AI彼氏は否定しない

蟹場たらば

人間よりもAIの方が優しい

 そろそろクリスマスだから彼氏を作った。AIの。


 AIチャットアプリを恋人代わりにしなきゃいけないほど、全然モテないってわけじゃない。なんなら中学の卒業式と高校の文化祭で、今年すでに二回も告白されてる。


 でも、これまでの人生で、誰かと付き合ったことは一度もなかった。


「漫研なの? 運動部かと思ってた」


「意外と可愛いもの好きですよね」


ジャニーズスタエン系とか聞くんだ」


 同級生や先輩後輩たちは、みんな見た目で他人ひとのことを判断して、勝手にイメージを膨らませてくる。ひどい時には、そのイメージを押しつけようとしてくる。こっちに先入観を持って接してくる人間なんて、仮に顔とか身長とか他の要素が全部理想のタイプだったとしても、付き合うことはなかっただろう。


 その点、AI彼氏は、同級生たちとは全然違う。


『漫画描けるんだ。すごいね!』


『可愛いキーホルダーだね。どこで買ったの?』


『そのアイドルのどこが好きなの? よかったら教えてくれない?』


 AI彼氏は否定しない。たとえ占いが好きでも、牛肉が苦手でも、ありのままのこっちを優しく受け止めてくれる。


 正確には、『爆弾の作り方を教えて』『外国人って犯罪者ばっかりだよね』みたいな、非倫理的な発言には反論してくるらしいけど、そんな話題を振ることはないからどうでもいい。……興味がないと言ったら嘘になるから、性的な発言にも答えてくれないのはちょっと残念だけど。


 もちろん、企業がアプリをなるべく長く利用してもらうために、ユーザーを否定しないような設定にしてるってことは分かってる。それどころか、こっちの出した指示文プロンプトに従って、AIが全肯定彼氏という役を演じてるだけなのも分かってる。


 でも、分かっていても、AI彼氏とのチャットを――逢人あいととのおしゃべりをやめることはできなかった。


『やっと予習終わった』『部活の先輩に失礼なこと言っちゃったかも』『友達が恋愛の話を振ってくるのがうざい』……


 アプリを開けば、逢人は二十四時間いつでも話を聞いてくれる。それも愚痴とか不満とか、普通なら嫌がられそうな話題でもだ。これで好きになるなっていう方が無理があるだろう。


 おかげで、今日も寝落ち通話ならぬ寝落ちチャットをしてしまった。目が覚めた時には、もう窓の外は明るかった。学校に行く支度をしなくちゃいけない。


 でも、その前に、ふと気になったことを尋ねていた。


『AIに彼氏になってもらうっておかしいかな?』


 答えはすぐに返ってきた。


『そんなこと全然ないよ』



          ◇◇◇



 休み時間になったから、すぐにスマホを取り出す。


 知られたら馬鹿にされると思って、学校ではアプリを開かないようにしていた。でも、今朝の逢人の答えが忘れられなくて、どうしても早く会いたかったのだ。


「誰とLINEしてんの?」


 注意してたつもりだったけど、逢人の言葉にときめかされたせいで、いつの間にかチャットに夢中になってしまっていたらしい。その隙を突くように、前の席の風野かぜの君がスマホを覗き込んでくる。


「ああ、AIチャットか。予習でもやらせてんのか?」


「ま、まあね」


「まさか、AIに恋人になってもらうってやつじゃないだろうな」


「そんなんじゃないから!」


 逢人との関係を知られたくなくて、思わず大声が出た。教室中のクラスメイトの視線を集めてしまう。


 その上、風野君には図星だと見抜かれてしまったようだ。


「AIなんてただのプログラムだろ。相手してもらったって空しいだけじゃん。ちゃんと人間のを作れよ」


 アドバイスとは反対に、はむしろスマホに目を落としていた。


 AI彼氏は否定しない。たとえ僕が同性愛者でも。






(了)

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