隅に咲く花

篁 しいら

隅に咲く花

『私たちは、居てはいけないものなのよ』


先に咲いていた、薄紫の花が言う。

私は少し離れたところにいた、そんな私にあの子が言ってくれた。

『どうして?』

私は問いかけた、彼女の回答はあっさりしていた。

『私たちは、外来種だから』

答えと共に吹き抜けた風は、少し湿っていた。 そのあとのことはあまり覚えていない、いや…一瞬であまり実感がない。

湿った風が身体を吹き抜けて、天から恵みが降ってきた。 私たちはほかの葉を伝った水を浴びる。 或いは、とても高いところから降ってきた水を細くしなやかな体で浴びた。

水を浴びて、土が栄養を身体に染み込ませる…私たちはそれを、根っこで吸い上げて食べる。

今までもこれからも、そうやって生きていけると……思っていたの。

それは一瞬だった、白い手があの子を掴んで連れ去った。

近くで見ていた私は悲鳴を上げそうになった、あの子の姿を見てできなかった。

彼女は何か悟ったように私を最後に見て、微笑んでいた。 ざらざらとしている白い手に掴まれたときに、私に告げてくれたの。



『カタバミちゃん、また来世で』



それは私の、私たちの確かな名前だった。そして同時に知ったの、私は生きていたらいけなかったものだった、と。




他の葉の合間から、空を見上げる。

空は青い。

雲は白い。

風は強い。

私は弱い。

影は暗い。

雨は冷たい。

土は暖かい。



私はいらない。



事実だけがただ、現実としてそこにあった。 私たちは…紫片喰は、いらない。

ここにいらないのに、ここにいるの。

あの子がいた場所に、新しい子が根を張った。 話しかけてくるその子を、私は無視をした。 不思議そうに見つめてくる、そして難しそうな顔をして不機嫌になって静かになる。

私はただ、生きて居たいだけなのに。 それなのに、どうして。


どうして、私はここに生まれたのかな?


そんなことが分からなくて、こんなことがとても重要で。 私は頭を垂れそうになった、その時新しい子が声を荒げた。

『人間が来た! 毟られちゃう!!』

その子は慌てて陰に顔をそむけた、私は逆に顔を上げた。 『人間』、あの子を連れて行った生物の名前。 私は知りたかった、そして聞いてみたかった。



『私はどうして、生まれてきたの?』



花と人間が話せるわけがないのに……愚かな私はここまで考えてなかったの、そして見上げたの。


そこには人間がいた、そいつは私を見てこう言った。



「ここにも咲いているんだ……どこでも咲いているね」

「いつもどこにでもいてくれて、うれしいな」

「咲いていてくれてありがとう」



あの子と同じ微笑みを浮かべて、そいつは私に言ってきた。 そいつは離れる、私に言葉を残して。


また、空が見えた。

雲が見えて、風が通って行って。

影が日差しを緩めて、雨は降っていなくて。

土は心地よく冷たくて、私は生き残った。


『人間、どうだった?』


おずおずと私へ声を掛けてくる子、いつも私が怖いせいで声が震えている。 私は出来るだけ、優しい声色で答えたの。

あの子の様に…けど、あの子は見せなかった微笑みを浮かべながら答えたの。



『……いいえ怖くなかった、奇跡の様にね』



私はまだ此処にいていい、そんな気持ちで体が暖かくなってしまうぐらいに…私は。

生きていてよかったって思ってしまったみたい、カタバミさん。

空へと昇ってしまったあの子に、私は心の中で語りかけた。 隣のその子が私を見て、どう思ったかなんて…私にはわからないけれど。



死ぬまでは生きていこうと、そうちょっと思っただけの……一瞬だった。




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隅に咲く花 篁 しいら @T_shira

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