ララさんの部屋

牧瀬実那

映像記録 2022年3月末収録

***


テロップ:B県某所


 カメラに閑静な住宅街にある平均的なアパートの外観が映る。モザイクあり。

 取材班がインターホンを鳴らす。


「あ、どうも〜」

 家主と思われる男性が玄関を開ける。平均的な外見。20代前半に見える。無地のトレーナーとジーンズを着用。


テロップ:家主 Mさん


 ――あ、どうもこんにちは、先日ご連絡させていただいた■■局の者です。

「あ、はい、取材ですね」

 ――本日はよろしくお願いします。

「はい、よろしくお願いします。あまり変わったものは撮れないと思いますが……」

 ――いえいえ


◆シーン切り替え

 

 Mの家の中と思しき場所。

 2DK。キッチン、ダイニング共に整理されている。ところどころに女性向けと思われる雑貨、ぬいぐるみが置いてある。

 ――お仕事は何をされているんですか?

「今は基本在宅ワークですね」

 カメラ、Mの個室へ移動。

 ワークデスク、複数のPCモニター、ゲーミングチェア、ゲーム機やソフトが収納された棚、ベッド、複数のぬいぐるみが寄り添うように並べられ、中にはシルクのようなベッドで寝かされている一角が順番に映る。

「ゲームは趣味で、配信をたまに」

 ――拝見しています。

「ありがとうございます。今回取材に来られたのも配信がきっかけでしたね」


 Mが配信している実況動画が挿入される。


 画面の大半にモザイクがかけられている。

 画面左下にアイコンがあり、隣に発言がテロップ表示されている。Mの声。

 別の動画では右下に別のアイコンが表示され、別人が発言している。声の主は女性。テンションが高く明るい。

 動画中、極稀にどちらとも違う笑い声が聞こえる。性別不明。子供の声に似ている。


「大体彼女と一緒に配信してるから、気付く人って殆ど居ないし、取材までっていうのはかなり珍しいです。というか初めてで」

 ――ご迷惑でしたか?

「あ、大丈夫です。許可はもらってるんで」

 ――ありがとうございます。

「この声は隣の……もう一つの部屋から聞こえてるものです」


◆シーン切り替え


 カメラ、再びダイニングへ。

「ということで、こっちの部屋がララさんの部屋です」

 Mの個室とは別の部屋の扉が映る。ファンシーなルームプレートに「ララのへや」と書かれている。

 ――ララというのは、彼女さんのお名前ではないんですよね?

「はい。昔、ララさんって人が住んでたので"ララさんの部屋"です」

 ――ララさんはどんな方なのでしょうか?

「さあ。名前しか知らないです。管理会社の方から教えてもらったのはララさんって人が住んでたことと、この部屋に女性が入ってはいけないということだけです」

 話しながらMが扉を開ける。

 フローリング、Mの個室と変わらない広さ。中央に置いてあるテディベアとカーテン以外、何も無い。

 ――そのぬいぐるみは?

 Mがテディベアを抱き上げてカメラに向ける。

「僕のです。かわいいでしょう? たまたま雑貨屋で見かけたのでお迎えしました。首のスカーフは自前で、時々変えてます」

 ――お洒落ですね。

「ありがとうございます。彼女がハマってるゲームのファングッズみたいなんですけど、普段使いできそうなデザインなのがいいですよね」

 Mがぬいぐるみを元の位置に戻す。

「夜になると、先程の声の主が遊ぶので置いています」

 ――それがララさん?

「いえ、別人だそうです」

 ――そうなのですか。

「はい」

 ――では、声の主は一体……?

「姿を見たことがないので(どんな人か)わからないですが、悪い人ではないと思います。ぬいぐるみがあれば害は無いので」

 Mの口調や表情は世間話をしているように見える。


 その後、数回のやり取りをし、天井の角にビデオカメラを設置する。

 現象が起きるのが22時以降の為、近所への影響などを考慮して取材班は一度帰ることに。

 ――では、また明日。

「はい、じゃあ明日もよろしくお願いします」


◆シーン切り替え

 

テロップ:翌朝


 再度訪問したスタッフをMが迎える。Mは昨日と似たような服装をしている。

 挨拶と軽いやり取りの後、ビデオカメラの内容を確認する。


[以下、録画されていた映像の内容]

 

 22:03頃、デディベアが持ち上げられたように浮かび上がる。人物は映っていない。

 頬ずりされているような動き。

 テディベアを持ったまま踊っているように、テディベアがくるくる回転しながら宙を舞っている。時折とたとたと軽い足音のような音が聞こえる。

 おままごとなど、子供が遊んでいるような動きが続く。くすくすという笑い声が録音されている。

 05:16頃、テディベアが部屋の中央に戻される。

 05:20頃、カーテンの隙間から朝日が射し込む。

 以降動きなし。

 

[映像、ここまで]


 ――これが毎日?

「はい、いつもこんな感じです。大したことないでしょ?」

 ――就寝時などに気にならないですか?

「まあ住み始めて最初のひと月くらいは流石に不気味でしたけど、もう3年以上ここで暮らしているので慣れました」

 ――なるほど。ちなみにぬいぐるみが無い場合はどうなるんでしょうか?

「ものすごく大変なことになります。以前録画した動画があるので良ければ観ますか?」

 ――是非


 Mから提供された映像が挿入される。


 終始悲鳴のような泣き声と暴れ回る音と共に黒く粘性のある液体が部屋中に飛び散る。

 日の出と共に静かになる。


 ――これは……すごいですね。

「はい。何回かやらかしましたが、天井までべったり飛び散ってるので掃除が本当に大変なんですよ。腐ったような臭いが強烈ですし、液体が何かわからないから下手な業者も呼べないんです。管理会社に連絡して、丸一日掃除してもらって、ようやくなんとかなる感じです。費用もかかるので注意しています」

 ――え、お金を取られるんですか?

「そうなんですよ。入居時の契約でこういうことがあるって説明があった上で住んでいるので、自己負担です」

 ――なんと言いますか……それでも3年以上暮らし続けているのはすごいですね。何か特別な理由が?

「いや、単純に広さと周辺の治安の良さと、あと商店街が近くて買い物とか行くのに便利な好条件なのに対して、家賃が怖いくらい安いから、ですね。このアパートの他の部屋ではこういうこと起きないみたいなので、倍近く違うみたいです」

 ――なるほど。ちなみに他の部屋の方はこのことを知ってるんですか?

「詳しくは知りませんが、今は半々くらいなんじゃないでしょうか? 物件探し中に同じアパートで倍近く家賃が違えば、理由を聞く人も多いでしょうし。あと、やらかしたときの音は流石にアパート中に響くみたいで、気が滅入って退去する人も結構居たみたいです。ただ、僕が結構長めに暮らしてる影響で、最近は知らずに引っ越してくる人が増えてたらしいです。先日、管理会社からちょっとしたお礼をもらいました」

 ――なるほど。

「僕からお話しできるのはこれくらいなので、あとは管理会社に問い合わせてください。僕も、この子がそろそろ限界なので休ませたいですし」

 ――ぬいぐるみが?

「あ。あー……」


 M、少し考え込む。


「そうです。ララさんの部屋で過ごしたぬいぐるみは一定期間を超えると限界を迎えて壊れてしまうんです。過去のやらかしはまだ期間を把握できてなかったせいで次のぬいぐるみを用意できなかったのが原因ですね」

 ――そうなんですか。Mさんはぬいぐるみに愛情を持ってるように見えるので、壊れてしまうのはなかなかキツそうですね。

「はい……しかも結構エグい壊れ方をするのであんまり見たくはないですね」

 ――エグい壊れ方というと?

「うーん……口で説明するのは難しいな。……見たいですか?」

 ――Mさんがよければ

「……わかりました。このまま撮りましょう」

 ――いいんですか?

「大丈夫です。どちらにしろ、そろそろどの子かを犠牲にした方が良い時期なんで」

 ――……? というと?

「家賃とは別に管理会社に送るものが出来るんです。今回は管理会社に取材の許可を得てるんで、明日お見せしますよ」

 M、意味深に笑う。


 その後、お別れの様子を録画したいとの申し出を受け、取材班は承諾。

 カメラの前でMがテディベアを丁寧に撫でた後、今日までありがとうと額を寄せる。

「ありがとうございます。おかげで心残りが無くなりました」

 Mの声は泣くのを堪えているようにも聞こえる。

「それじゃあ、また明日」


◆シーン切り替え


 テロップ:3日目


 Mとインタビュアー、複数のスタッフが録画された映像を確認する様子が映る。


[以下、録画されていた映像の内容]


 前日と同様に誰かがテディベアで遊んでいるような様子が映っている。

 0:00を超えた辺りから、テディベアの足から糸のようなものが出始める。

 糸がどんどん長くなっていくにつれて、テディベアの縫い目が解けていく。

 時間経過と共にテディベアが解体されていく。布、綿が落ちていくのに構わず遊んでいる様子が続く。

 日の出より少し前にテディベアが完全に解体される。

 バラバラになった素材が部屋の中央に集められ、鳥の巣のようになる。

 以降動きなし。


[映像、ここまで]


 Mがララさんの部屋からテディベアだったものを丁寧な手付きでカメラの前に持ってくる。

 内部にピンポン玉ほどの青黒いつやつやした球体がある。

 ――それは?

「これはあのテディベアが生んだ卵です」

 ――たまご。

「大体2,3日くらいで〈不明瞭な音声〉が孵化します」

 ――え?

「〈削除済〉です。〈削除済〉が生まれると、儀式とか色々しないといけないし、そこは許可が下りなかったので、すみません」

 M、苦笑。

 取材班が戸惑う様子が映る。

 スタッフ間での相談の後、インタビュアーが質問する。

 ――その卵はどうするんですか?

「普段は管理会社に買い取ってもらってます。〇〇万くらいで……」スタッフがどよめく。「はは、良い値段でしょ? すごいですよね。でも今回は特別に、僕の方で処分します。大丈夫です、許可はもらってるんで」


 動揺しつつ撮影が続けられる。


 M、キリのようなものを持ってくると、ビニール袋の上に置いた卵に突き立てる。柔らかい皮で出来ているように、スッと卵に通り、裂け目からどろりとした青黒い液体が溢れだす。

 Mはそのまま裂け目を拡げるようにキリを動かし、中身が完全に外に出る。殻の残骸は爬虫類などの卵に似ている。

 インタビュアーが液体に向かって伸ばした手をMが掴む。


「ストップ」


 インタビュアーがハッと我に返った様子が映る。

 ――すみません。なんだかすごく甘くて美味しそうだったので、つい……

 M、笑って頷きながら、キッチンペーパーでキリを拭き、液体と一緒にビニール袋に入れ、袋の口を固く縛る。

 その上からもう一枚ビニール袋を重ね、再度固く縛る。

「すごく甘ったるくて美味しそうな臭いですが、口にしたらナシでは生きていけなくなっちゃうんで、やめておいた方がいいです。生んだモノによって違うので、同じものは二度と手に入らないし」

 ――そう、なんですか……止めていただき、ありがとうございます。

「いえいえ。こちらからお見せした以上当然です」

 ――それはどうするんですか?

 インタビュアーがビニール袋を指さす。

「管理会社が引き取ります。卵と違って価値がないんで清掃と同じく有料なんですけど、今回は取材の為ということで無料で良いとのことです。〇〇円くらいするので、ありがたい話です」

 ――Mさんはあの臭いを嗅いでも平気そうでしたが……

「あの通り、見た目と違って柔らかいので、何回か割っちゃったことがあるんです。なんとか慣れましたし、一応耐性があるので」

 ――というと? 

「その、女性――正確に言うと肉体的に子供を産むことが出来る人がララさんの部屋に入ったら、もっと大きい卵を生むんです。1回で壊れてしまうぬいぐるみと違って、何回でも生めるみたいです。けど、その代わり女性は卵を生みたくて生みたくて仕方なくなって、それ以外のことが殆どできなくなっちゃうんです」

 ――……

「どれくらいでその状態になってしまうかは個人によるんですが、人によってはほんの一瞬つま先が入っただけでもそうなってしまう、と聞いています」

 ――……では、今回取材する際に、条件に女性をスタッフに加えないとあったのは……

「そういうことです」

 ――Mさんが現在、彼女さんと同棲していないのも同じ理由ですか?

「……ええ。彼女が遊びに来たときにうっかり入っちゃって。なんとか連れ出して、管理会社経由で専門家に治療してもらったので今ではほぼ寛解してますが、それでも時々生むことがあるので、そのまま専門家のところで暮らしています」

 ――……そうなんですね。今でもお付き合いはされてるんですよね?

 M、やや挑発的に笑う。

「まだ付き合ってますよ。配信見たでしょ? クリスマスにデートしたりしてます」

 ――失礼しました。

「まあ、正直、彼女にとって僕にはもう"自分の卵を食べる人"以上の感情はないかもしれないんですけど、構いません。何も問題はないし、楽しくやってます」

 遠い目をしたMが数秒映る。


◆映像終了

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ララさんの部屋 牧瀬実那 @sorazono

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