第4円
翌日。俺は新しいカバンを肩に提げて部室へ入った。
昨日のボロボロになったやつは廃棄行きだ。財布は軽くなったが、表情はあくまで爽やかに。
「……桐生くん、そのカバン、新しいのね」
神崎先輩が何気なく口にする。
俺は一瞬だけ息が止まったが、すぐに笑顔を貼りつける。
「ええ、前のが古くなっちゃって。ちょうど買い替え時かなって」
軽口を叩きながらペンを走らせる。
けど、内心は冷や汗だ。
(やべぇ……昨日のことに気づいてんのか?)
部室に緊張が走るわけじゃない。ただ、俺の心臓が勝手に跳ねているだけだった。
しばらくして、魔女三人が小声で話し込む。
「……最後誰か居たような気がする」
「妙に違和感があったよね」
俺はペンを握ったまま、無理やり笑顔を保つ。
(完全にバレるのも時間の問題か?)
けれど、彼女たちは俺の方を見もしなかった。ただ淡々と、昨日の戦いを振り返っているだけだ。
――放課後。部活が終わり、部室でひとりカバンの中の教科書を整理しながら口を開いた。
「なあ、昨日の……鎖とか炎とかぬいぐるみとか。あれって結局なんなんだ?」
耳の奥でグリードが少し間を置き、楽しげに笑う。
『鎖の女みたいなのは、俺も昔、一度見たことあるぜ。拘束して粉砕、使いやすくて便利なやつだ』
『炎の女は派手だが燃費が最悪だな。寿命をガンガン溶かす――あれも昔からよくいるタイプだ』
『ぬいぐるみのガキは人形とかを操る感じだな。支援向きだが、代償は身体に出やすい。昔見た奴も足が動かなくなってたな』
「……昔?」
思わず問い返すと、グリードは喉を鳴らして笑った。
『がははっ! まあ、俺も色々見てきたからな』
一瞬だけ疑問が頭をかすめる。
だが次の瞬間には「まあ、どうでもいいか」と切り捨てていた。
「結局あいつらは、寿命をすり減らす燃費の悪い武器持ちってことだろ」
『ほう?』
「おんなじ寿命を削るなら圧倒的に換金の方がいいな。あっちは命削るだけでまったくメリットがねぇじゃん」
グリードは爆笑した。
『ほんっとクズだな! でも俺はそういうお前が大好きだぜ!』
俺は笑い返しながら、新しいカバンの底に残った財布を叩く。
昨日の赤字を思い出し、口元が自然と歪んだ。
(……今日はデカいの狙って取り返すか)
部室を出て校舎を歩く。
財布を叩きながら、俺はにやりと笑った。
(……昨日の赤字、今日で取り返す。いや、それ以上に稼いでやる)
――まずは理科室。
窓越しに覗き込んだ瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
銀色の顕微鏡がズラリと並び、反射した夕陽が細い光を返している。
新品の試験管やフラスコ、ピカピカの薬品棚。
まるで“宝箱”を覗いている気分だった。
「……うわ、やっぱ高そうだな。顕微鏡なんざ一台で何万もするだろ……」
だが扉にはしっかり鍵。
取っ手を回してみても微動だにしない。
「チッ、あれ一個あればカバン代どころかゲーセンで遊び放題なのに」
『がははっ! 高嶺の花ってやつだな。見えてるのに手に入らねぇ。余計欲しくなるだろ?』
「……クソッ、次だ」
続いて向かったのは、校舎裏の古い体育倉庫。
中を覗くと、積み重なった跳び箱、色褪せたマット、埃をかぶった鉄アレイが並んでいる。
「……おお、いいじゃん。鉄アレイとか重そうだし、高いんじゃないか?」
鍵をガチャガチャ回すが、やはり施錠済み。
隙間から覗けるだけで、手を伸ばしても届かない。
『がははっ! 見かけ倒しのガラクタばっかだぞ。鉄アレイなんざ錆びてんじゃねぇか?』
「うるせぇ。価値があるかどうかは換金してみなきゃわかんねぇだろ」
未練を残しながらも、拳を握って倉庫から離れる。
「……まぁいい。本命は図書室だ」
――図書室の奥、雑誌の棚の前で足を止める。
全集や辞典はでかすぎる。なくなったら絶対バレる。
だけど雑誌なら?――数も多いし、誰もバックナンバーまで気にしちゃいない。
「……お? なんだこれ」
埃を払って引き抜いたのは、黄ばんだ音楽雑誌だった。
表紙には昔の有名バンド。革ジャン姿でギターをかき鳴らす写真。
一見ただの古本。けど――。
「念のため、調べてみっか」
ポケットからスマホを取り出し、雑誌名と号数を打ち込む。
検索結果に並んだ数字を見て、思わず息が漏れた。
「……は!? 数万!? マジかよこれ!」
目を見開き、思わず笑い声が漏れる。
ただの埃まみれの紙切れが、ゲーセンどころか豪遊レベルの金に化ける。
『がははっ! 紙屑にそんな値がつくとはな! 人間ってやっぱ面白ぇな!』
グリードが耳の奥で笑うのも聞き流し、俺は雑誌を強く握った。
「換金!」
パチン、と音を立てて雑誌が消える。
代わりに、ひらりと数枚の札が舞い落ち、机の上に散らばった。
「……よっしゃあああ!」
小声でガッツポーズ。
札を掴んで財布にねじ込み、口元が勝手に歪む。
「これで昨日の赤字どころかプラス確定……最高だな! 今日はゲーセン寄って、その後は焼肉でも行っちゃうか?」
頭の中に、肉をジュウジュウ焼く音と煙が浮かぶ。
財布を撫でながら、顔がにやけっぱなしになる。
『がははっ! 寿命削って焼肉かよ! 命の使い道としては史上最低だな!』
「うるせぇ。楽しく死ねりゃそれでいいだろ」
調子に乗った声で言い返しながら、夕陽に照らされた図書室を後にする。
鼻歌まじりで財布を叩き、その笑みはどうしても抑えられなかった。
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