第24話 チームの一時解散

 7つの聖地をめぐる旅、王位継承者の試験は2ヶ所目が予定されている。一ヶ月後だ。それまでチームは一度解散となる。


 元々従者であるキースはエリーゼと共に宮殿に残る。

 メルは一度パンゲリアの麓の自宅に戻る。

 アレックスとライラはルミナセルの郊外の宿に泊まって静養することにした。


「じゃあ、三人とも次の旅までゆっくり休んでね」


 エリーゼが声をかけた。


「ライラ、フラフ、アレックスのことをよろしく。何かあったらすぐに連絡頂戴。初期不良もありえるから」

「初期不良って何?……」


 アレックスが呟いた。


 三人は王宮を出ると分かれ道のところまで歩き、そこで立ち止まるとメルとのしばしの別れを惜しんだ。


「メル、いろいろありがとう。助かったわ」

「ライラ、年下の私が偉そうに言うようだけど、あまりアレックスを食べちゃったことを気に病む必要はないからね。アレックスが鈍くさかっただけだから」

「鈍くさいって言うなよ」


 アレックスが呟く。


「うん、メル。気遣ってくれてありがとう。もう大丈夫。次の冒険に向けて私はドラゴンになっても自分を制御できるように訓練してみる」

「鈍くさいアレックスも鍛えてあげて」


「しつこいな……」とアレックスがまた呟く。


「わかった。メル、ブラウンベアーのお姉さんにもよろしく。今度会ったら仲良くしましょうって」

「ええ、言っておくわ。じゃあねライラ、それから鈍くさいアレックス! 1カ月後にまた会いましょう」


「ああ、メル。見違えた俺に惚れるなよ」

「楽しみにしてる!」


 メルがケースを取り出して息を吹きかけると、それはたちまちセイルとボードに変体した。メルはボードに乗ってセイルの中央についたブーム(手で持つところ)をゆすって風を起こし、浮かび上がった。


 魔法で浮かぶウインドサーフィン、蝶の様な美しい模様のセイルが空の彼方へとゆっくり飛んで行った。その先には遠くバンゲリアの山々とその上に浮かぶ浮遊島セレヴィアが見えた。



「メルはね、たぶんあなたのことが気に入ったのよ」


 二人だけになったライラはそんな事を突然言った。

 アレックスは否定する。


「そんなことはないだろ」

「あなたを見る彼女の目を見れば分かるのよ。あなたはどうなの?」

「はあ? 別に……メルはまだ子供だし」

「薄情な人ね」


 アレックスはメルが去った空を見て首をかしげた。



 ✧ ✧ ✧



 一週間が経過した。アレックスはすっかり元気を取り戻したが記憶だけが少しあやふやだった。まだ少し夢の中にいるような感じだった。それでもぼちぼち次の旅に向けてトレーニングも開始した。


 柔らかくなったアレックスの身のこなしにライラは驚いた。以前のぎくしゃくとしたような動きがなくなり、ライラを真似たのか流れる様な動きが出来るようになってきた。


 二人が借り住まいをしている宿では、寝室だけは別々だったが、通常は同じ部屋で過ごした。アレックスの面倒はライラとフラフが24時間見ており、すっかり二人の生活も板についてきた。


 ある日の午後、トレーニングが終った後に二人は近くの湖のほとりでベンチに座って休んでいた。

 晩秋の涼しい風が湖を渡って吹いてきた。


 激しいトレーニングで流した汗はすぐに乾き、二人は疲れた筋肉を休め、美しい秋の風景に見惚れていた。


「アレックス、大分剣の腕が上達したね」

「ライラのおかげだよ。教えるのがキースよりも上手かもしれない」

「そんなこと無いわよ。それよりアレックスって体が柔らかくなったよね~」


 ライラはじろじろとアレックスの腕や体を見る。


「そうかな? 自分ではよくわかんない」


 ライラはアレックスの口調にやや違和感を覚えたが、それは置いておいて今回のパンゲリアの一件で感じたことをアレックスに話すことにした。


「私達、1年間ずっと一緒にトレーニングしてきたじゃない?」

「うん、そうだね」

「あなたを食べちゃって私思ったの」

「すごい表現だね……事実だけど」


 ぼそっとアレックスは言葉をはさんだ。


「美味しかった……じゃなくて、とても悲しかった。私にはあなたがかけがえのない人だったわかったんだ」

「どういう意味?」

「私にはあなたが……生きているアレックスが必要なんだって。分かるでしょう?」

「分かるよ。表現が微妙だけど」


 ほんの少しドラゴンとしての思考が混じっているようなライラの告白にアレックスは戸惑いながらも素直に受け取った。まだ自分の頭の中がフワフワしているが、ライラの自分を想う気持ちは理解できる。


「アレックスは私の事をどう思っているの?」


 ライラの直球だった。アレックスは心の準備をしていなかった。

 どう答えよう? 

 今はまだ深く考えることができない。


 戸惑っていると、「素直に!」


 フラフが簡単なアドバイスをしてくれた。


 そうだ。犬になった時のような気持でいいだろう。


「ボ、ボクはライラの事が大好きだよ」

「!!!!!! そして「ボク」??」


 内容的には理想的な回答なので嬉しいライラだが、本当にアレックスの口調がおかしい。


 まあ、犬であれば妥当なところだが(尻尾を振ってなついてくる姿が思い浮かぶ)、人間の姿でそう言われると違和感が強い。


「う、嬉しいんだけど……その『好き』はどういうレベルの?」

「だ、大好きかな」


 ライラは少し落胆した。これは愛情ではなく、『ご主人様が好き』というレベルの好きだ。


 まだアレックスは完全に復活していない、ライラはそう感じた。


(まあ、いいか。どんな好きでも、好きに変わりはない!)


「ありがとうアレックス。私も大好きだよ!」

「本当? めちゃ嬉しい。ところでさ、僕って美味しかった?」

「もちろん、最高の味だったよ……あっ!」

「ライラ、引っ掛かったね。もう食べないでよ」

「ごめーん! つい正直に言っちゃった!」


 二人の笑い声が、湖に響いた。

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