第14話 ライラの変身
(こんにちは。私はライラ、人間です)
安らいだ目で子熊を見つめていた母熊の表情が引き締まり、ライラの方を向いた。その姿を認めると歯をむき出してすっくと立ち上がった。3メートルもある巨体は立ち上がると想像よりも迫力が凄かった。
こんなところに、なぜおまえはいるんだ! 私達の敷地だ! 母熊の表情はそう語っていた。ライラは1回目の笛を吹いた。向こう側で潜んでいるアレックスに聞こえる筈だ。
母熊は子熊を守る為にライラに襲い掛かるかどうか逡巡しているようだった。グルル、と低い唸り声をあげてライラを睨んだ。二匹の子熊が母親の異変に気が付き、動きを止めた。
「今だ」
ライラが二度目の笛を吹いた。奥から素早い茶色い影が飛び出した。アレックスだった。
そのガサガサッという走る音がトリガとなって、母熊がライラの方に駆けだした。
「ライラ、逃げろ!」
キースが叫んだ。しかしアレックスがまだこちらに来ていない。熊の少し後ろを追う形になっている。ライラは瞬間的に判断した。
(逃げたら失敗する!)
ライラはプラズマソードを起動し、熊に向かって構えた。
母熊はひるまずライラの手前で再び立ち上がった。ライラは母熊の腰あたりを狙って切りつけた。
しかし、驚いたことに母熊は片手でプラズマソードを受け止めた。まるで人間のような動作であるし、なにより強力な殺傷能力のある刃を熊の爪は傷つくこともなく受けたのだった。
「何なの!」
その瞬間に、犬に変身したアレックスが駆け抜けた。無事にこちら側に通過したのだった。
キースが叫ぶ。
「ライラ! 逃げろ、やっぱりそいつはヤバイ!」
ライラはソードを引くと母熊の目を睨んだ。母熊の表情は容赦なくライラを殺そうとしているように見えた。しかしライラは母熊の瞳の奥に何か気になる光を感じた。
(この目は、もしかして……)
しかし、考えている暇は無かった。案の定ブラウンベアーの振りかぶった腕が襲って来た。
かろうじて、強烈な一撃をかわすとライラは我に返った。
(逃げなきゃ!)
しかし、瞬間的に考えた。もし逃げようとしたら母熊は私達を追って来るだろう。鳥に変身している暇はなさそうだ。分が悪い。
ライラは振り返ってキースをちらりと見て笑顔を一瞬見せると、母熊の方に向き直り、真剣な表情で剣を再び構えた。
「ここから先には行かせない!」
「ライラ!」
キースの叫びにライラは今度は振り向かずに叫んだ。
「ここは私が阻止します。キースとアレックスは安全なところまで先に行ってて!」
キースはライラの覚悟を悟ると自分のマントをライラに向かって投げつけた。マントは空中で光る粒子に変化しライラを包んだ。
「精霊のシールドだ。幸運を祈る!」
「ありがとう、キース!」
キースとアレックスが足早に立ち去ると、ライラは深く深呼吸をしてから叫んだ。
「いつでもいいわよ!」
ブラウンベア―とライラの激しい戦いが始まった。
不思議なことにブラウンベアーの方もシールドの様なもので守られ、どちらも傷を負わない。しかし力はブラウンベアーの方が圧倒的に強く、弾き飛ばされるライラは驚異的な身体能力で体を捻って踏みとどまる。
しかし、やがてライラはブラウンベアーにつかまり太い木を後ろに左手で首を抑えられた。その所作に、
(やはり、こいつは人間が変身したやつ……)
そう確信したライラは、とどめを回避しようとあがいた。
ブラウンベアーは空いている右手の爪をライラに向け顔に突き刺そうとしていた。さすがのシールドもこれでは破られそうだ。足をぶらぶら振り、腕を引き剥がそうと必死なライラ。
究極のピンチにライラの体が突然強い光を放った。ブラウンベアーの左腕が弾かれ、ライラの体が光の中で巨大化していった。熊の倍の大きさになったその体は光の中で不気味なシルエットを見せた。
その口から強烈な火炎が母熊の足元に放射された。
流石の母熊も思いがけないライラの変身に唸りながら後ずさりし、子熊と尾根道を逃げ始めた。
ライラは……龍に変身していた。
しかし、ライラ自身には冷静な意識が無かった。ブラウンベアーが去るのを見て、再び光の中で元の人間の姿に戻ると、自分に起きた事が何なのかよくわからずに困惑した。
(今の何? 私どうしちゃったんだろ)
ライラが覚えているのは、殺されそうになった瞬間に自分の体が熱くなり爆発した様に感じた事。
次に高いところからブラウンベアーを見降ろしていたこと。自分の口から炎がでてブラウンベアーを追い払った事。自分がした事とはとても思えなかった。
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