ゆとり喫茶 竜宮

ソウカシンジ

第1話 既知の苦み

 大学の講義が午前中に集中し、午後から暇な時間が湧き出てきた。

「暇だなあ。」

色々な人間が色々な風に過ごすキャンパスで、今ここに暇人が誕生した。

「なに。あや、暇なの?私も。」

いくつ後ろかわからない席から、友人の片桐愛かたぎりあいが声をかけてきた。私の声、大きかったのだろうか。いや、愛が地獄耳なだけだ。

「それならさ、喫茶店いかない?気になってるところがあるの。」

喫茶店、か。カフェではなく。愛にそんな洒落た趣味があったとは。面白そうだ。

「いいよ。」

 愛と向かった先は、大学の最寄り駅周辺。何本かそびえたつ駅近ビルの一つを目掛けて、愛はズンズンとその足を進める。

ビル内に入ると、愛は案内板の前で足を止めた。

「ほら、ここの三階。」

案内板に目をやると、「ゆとり喫茶 竜宮たつみや」とある。エレベーターに乗り、三階に降り立つと、すぐ目の前に深い茶色の木製に見えるドアがあった。ドアのフックにかけられた小さな看板には「ゆとり喫茶 竜宮」の文字。どうやら到着したようだ。愛がドアを開け、ベルの音が鳴る。

「すいません、二人なんですけど。」

「二名様ですね、カウンターと四人席がございますが。」

「じゃあ四人席にしようか、ね。」

愛が私のほうに目を向け、確認してくれた。

「うん、四人席で。」

「かしこまりました。ご案内いたします。」

 内装は黒と茶色を基調としており、天井には小さなシャンデリアが四角く四つに垂れている。ワンフロア丸ごとこの店になっているらしく、中は広々としている。四人席はソファーと椅子を組み合わせたものになっていて、荷物も置きやすい。

「結構広いね。この音楽、レコードかな。」

愛の好奇心を店の雰囲気がくすぐっているのがわかる。

「いいね。落ち着いてレポートが書けそう。」

「もう、綾ったら。レポートはいったん置いといて、喫茶店楽しもうよ。」

「そうだね。何頼む?結構メニュー表分厚いね。」

「本当だ、迷っちゃうなぁ。私、朝ごはん抜いてきちゃったからなぁ。がっつり行きたいし、玉子サンドイッチとカフェラテにしようかな。綾は?」

「私もがっつり行きたいから、オムライスとコーヒー頼もうかな。」

「よし、すいません。注文お願いします。」

「はい、ご注文お伺いします。」

「オムライスと玉子サンドイッチ、ドリンクはえっと、ブラックだよね?」

「うん。」

「ブラックコーヒーとカフェラテください。」

「オムライスはケチャップソース&チキンライスとデミグラス&バターライスの二種類がございますが。」

「どうする?」

「ケチャップで。」

「かしこまりました。ドリンクはアイスとホットからお選びいただけます。」

「アイスでいい?」

「うん。」

「アイス二つで。」

「かしこまりました。ご注文復唱させていただきます。オムライスのケチャップ&チキンライスがお一つ、玉子サンドイッチがお一つ。ドリンクは、ブラックとカフェラテをそれぞれアイスでよろしいでしょうか?」

「はい、間違いないです。」

「ありがとうございました。ごゆっくりどうぞ。」

店員さんが去っていくのを見届けながら愛が言った。

「声も顔もめっちゃかっこよくない?」

「確かに。たたずまいも素敵だね。」

「あんなに魅力的な人、久しぶりに見たかも。」

「それ、この前聞いたよ。」

「今度は本当だから。」

「失礼いたします。お先にドリンクでございます。」

「ありがとうございます。」

早速一口飲もうとコーヒーを口に運ぶ。舌先が心地よい苦みに包まれ、香りがやがて鼻腔へと届く。とても懐かしい。この味、確かに覚えがある。

「私、ここに来たことがあるかもしれない。」

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ゆとり喫茶 竜宮 ソウカシンジ @soukashinji

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