8-4 VSトラ道場(2)

 トラ子さんのトラの型が解除されてあの異様な雰囲気が収まった。それどころか視線にはどこか慈しみを感じる。まあ、なんだかわからないけど、仕切り直しだ。それをトラ子さんも望んでいるのだから。


 加速度が変化する。躍度からして0.2G程度で落ち着きそうだ。トラ子さんには先ほど動きのキレがない。マスターが言っていたことはこういうことか理解した。

 反して俺は0Gに近づくほど有利になることを感じた。以前にジーニーとやりあったときにも感じたが、ネコの型を練りが足りてないものに対して負ける気がしなくなる。

 がっぷり四つ。力比べの取っ組み合いになる。0.5Gもあったらこの時点で負けを認めざるを得ないが、低Gであれば容易に返せる。相手の生じるモーメントが手に取るようにわかる。トラ子さんが俺を持ち上げようとするモーメントを感じた。それを利用して逆に跳ね上げる。虚を突かれたトラ子さんの握る力が緩む。

 小手返し。トラ子さんの方が質量が大きいから反力で俺も浮く。だがそれでいい。空中腕ひしぎ十字固めだ。高Gなら俺の体重でも十分腕を破壊できたろうが、0.2Gの今は大したダメージを与えることはできない。当然、パワフルなトラ子さんは振り払うように腕を振る。

 そう。このモーメントが欲しかったのだ。トラ子さんの首を支点に逆上がりのような軌道を描き、叩きつける。デ〇ティーノだ。

「ぐはっ」

 トラ子さんが悶絶する。

 ワン、ツー、スリ、カウント2.5で返される。

「やればできるじゃねえか。」

 トラ子さんは肩で息をしている。首をのばされて背中をたたきつけられたのだから結構なダメージが入ってるハズだ。

「オマエ、プロレス、好きだろう?」

「ああ、大好きだよ。」

「俺もだ。」

 トラ子さんのラリアット。俺はもろに食らう。プロレスだから避けない。もっとも低重力だからインパクトの衝撃だけで当たってもそれほど痛くはない。縦に2回転ほどして着地。

「次はお前の番だ。避けないから来い。」

 よし。わかった。俺はおもむろに壁面を駆け上がり背面飛び、反捻り、つまり、スターダストプレスを放つ。トラ子さん、受け止めてくれよ。

 受け止められる。

「風船みたいに軽いな。オマエ。」

 軽々とポイっと投げられた。壁面に着地、そのままジャンプ。ドロップキックだ。両足をキャッチされグルグル回される。ジャイアントスイング。壁に向かって頭から刺さるように投げられた。くるっと半回転して足から着地するもじーんと衝撃が着地した足から脳天に抜ける。しびれて動けない。

「投げずに壁面にぶつければ勝負が決まってたろ。」

「それじゃあ、面白くねえだろ。」

 トラ子さんは歩み寄ってきて腕を伸ばした。起こしてくれるらしい。差し伸べられた手を掴んだら一度振られてから引き寄せられてラリアットを食らった。金の雨が降った。目の前がちかちかしてるグロッキーになった俺をトラ子さんは抱え上げた。やめろー。死んでしまう。ジャーマンスープレックス。いや、タイガースープレックスだ。自分からは見えないが俺が描いた放物線からすると見事なブリッジだろう。

 ワン、ツー、スリィ。カウント2.8で返した。

 会場の重力に助けられた。今は0.1Gもない。

「遊びは終わりだな。」

 トラ子さんが言う。おそらく、この低重力を待っていたのだろう。俺も待っていた。

「ゼロGカラテなんだから0Gでの腕を競わなきゃな。」

 トラ子さんのそういう姿勢に好感を覚えてきた。

「ネコの型なら負けないぞ。」

「言ってろ。」

 トラ子さんの雰囲気が変わる。最早彼女は獣だ。しかし、先ほど感じた恐怖はもうない。俺の覚悟が決まってるからだ。

 トラ子さんの低い打点からのひっかくようなネコパンチ。俺の芯を的確に狙ってくる。重心をずらしてなお、かなりの衝撃を感じる。吐きそうなほどだ。モーメントが生じてた。トラ子さんをつかもうにもぴちぴちの服を掴むことはできない。生じたモーメントはコントロールできずきりもみ回転している。俺の腹部、丹田にもう一撃。重い。だが、捕まえた。

 トラの型でトラの雰囲気をまとおうがトラになったわけではない。トラ子さんがもがけばもがくほど俺は有利な位置に移動する。最後は完全に背後に回り込みチョークスリーパー。


 準決勝が終わって勝ちが確定した瞬間に俺は失神した。

 控室で目が覚めたら、トラ子さんがいた。

「なんで勝ったオマエが倒れちゃうかなぁ。しまらねえぞ。」

 トラ姉さんもいた。俺はとっさにジーニーの影に隠れた。

「コイツ、マジで師匠のこと苦手なんですね。ほら、大丈夫だぞ。」

 俺はジーニーの後ろから引っ張り出されてトラ子さんにハグされた。

「なんでオマエは平気なんだよ。」

「たぶん、師匠は声がでかいからじゃないですか。コイツは子猫だと思って接しないと。」

 俺は子猫じゃないけど。

「俺はリータ、オマエはシルフだろ。最初はどうなるかと思ったけどいい試合ができたな。俺に勝ったんだから優勝しろよ。」

 この女、何言ってるんだ。

「え、もう棄権するよ。2位入賞がきまったんだから十分だし。」

「あれって、本気で言ってたのか? てめえ。マジでぶっ飛ばすぞ。」

 俺はトラ子ことリータのハグから脱出してマスターの陰に隠れた。ジーニーでは頼りない。

「まあまあ、許してやってくださいよ。ボス、シルフさんは本当に乗り気じゃないのを無理矢理連れてきて闘わせていたんですから。それでもああして本気出したわけじゃないですか。」

「コイツ、試合中に帰り賃がないから融通してくれたら勝ちを譲るなんて交渉してきたんだぞ。信じられるか?」

「おぬしのぉ、どこまでも呆れたやつじゃ。この期に及んでまだそんなことを言っておったのか。」

 いやいや、確かに俺も駄々をこねてるけど、よくよく思い出してほしい。挨拶に来いといわれて道場に久しぶりに顔を出したらそのまま大会に連れてこられたんだよ。さんざん嫌だと言っているのに。俺の人権とかそういうのはないわけ?

「辺境には人権なんて概念ないじゃろ。どこでそんな言葉を覚えたんじゃ。」

「俺、こんなやつに負けたのかよ。」

 リータが残念そうにしている。

「私、この子がこう縮こまってる姿を見てるとどうにも構いたくなっちゃうのよね。」

「師匠、そういうところが嫌われてしまう原因っすよ。気持ちはわかるっすけど。」

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