6-4 天文学的なイベント

 数日後、ハプニングが生じた。

「シルフ、まずい事態になりそうなことが分かったわ。」

「まずいこと?」

「恒星間天体が近づいているんだけど、観測対象に衝突コースに乗る可能性が極めて高いわ。」

 な、なんだってー!?

 たまたま数年滞在する惑星で天文学的イベントに立ち会うなんて、そんな天文学的な確率ってある?

「ちなみに衝突するとかなり甚大な被害が生じることが予想されるわ。おそらく生命の大部分は滅びるわね。」

「せっかくコンタクトできた生命を見殺しにするのは寝覚め悪いな。それってコースを変えることができるかな?」

「そう言うと思って、すでにシミュレーション済みよ。」

 さすが、リンクス。頼りになる。

 計画はこうだ、ちょいと船体で押し込んでやることで第4惑星の重力を利用してコースをそらす。実に簡単な作戦だ。

「そんじゃ、善は急げだ。ちゃちゃっとやるか。」

 探査任務が残っているX46を切り離して、俺たちは件の恒星間天体を第4惑星と第5惑星の間で待ち構えることにした。

 いざ対峙すると大きさがヤバイ。そりゃ、生命を根絶するレベルの大きさだからなぁ。ていうか、グリーンリンクスと質量差が大きすぎるだろ。え、これ本当にコース変えられるの? いざ目にすると現実感がわかない。

「でっか。本当にこれ動かせるの?」

「出来るわよ。私はその気になれば0.9Cも出せるのよ。パワーで解決できる問題はどうにでもなるわよ。重力にとらえられた天体を押し返すわけじゃないんだから。」

 そりゃあ、0.9Cまで加速出来るスペックはあるけど、それって何年かかるって話だよ。もっともイオンエンジンを搭載している宇宙船であれば燃料さえ持てばどの機種も0.9Cは出せる。止まれないだけで。

「もうここまで来たんだからやるしかないじゃない。覚悟を決めてよね。あの星の生命を守るんでしょ!?」

「う、それを言われると。まあ、頑張るのは俺じゃなくてリンクスだしな。良し。やろう。」

 エルフは度胸。リンクスは天体に横づけして小刻みにトルクを与える。フルパワーでエンジン出力を開放すると船体が破損してしまうからだ。したがって、機体が破損しない程度にじわーっとパワーを与える必要がある。まあ、その手の繊細な力の加え方はリンクスの得意とするところなので心配はないけど。

「やれるとわかってるけど、イザやってみると案外きついわね。」

 1時間程度のがんばりで惑星衝突コースからの安全圏へのコース変更の進捗率は1%にも満たない。ほとんど誤差。タイムリミットは刻一刻と迫る。

「多少の外郭破損は許可する。もっとパワーかけていいぞ。」

「了解。」

 船体からはギギギと嫌な音がする。頑張れリンクス。数時間の間で進捗率が少し改善する。それでも間に合いそうにない。俺は何もできずじれったい。

「お姉様! 私もお手伝いします。」

 X46が来た。

「よく来てくれたわ。それじゃあ、あなたは天体後部から押し上げてくれるかしら。あと少しモーメントを生じさせることができれば第4惑星の重力の影響を受けてヨーを生じさせることができるわ。」

 X46のアシストがあり、天体にモーメントが生じ天体はゆっくり回転を始めた。この回転運動により第4惑星の重力の影響を受けて衝突コースから完全に外れることが確定した。


「ありがとう、X46。おかげで第2惑星の生命を守ることができたよ。」

 俺はX46にお礼を言った。

「いいえ、礼にはおよびませんわ。シルフ様とお姉様が動かなかったらきっと私も何もできなったのですから。こちらこそ礼を言う必要がありますわ。お二人が動かなかったら私は自分の観測任務をこなすことができませんでした。」

 それにしても、リンクスめ、最初の言い分とずいぶん違ったじゃないか。

「リンクス、はじめはずいぶんと余裕な言いぶりだったのにこんなに苦戦するなんてバグったか?」

「いいえ、シルフ様。お姉様は私が手伝うことを前提にシミュレーションしたのです。なのに私が気が付かなかったのがいけないのです。」 

 なに?

「誰かさんと違ってX46はちゃんと気が付いたじゃない。シルフはシミュレーションの条件を見て命令を下したのかしら?」

「お、俺はリンクス、お、お前を信用してたから。条件を満たしてないならちゃんと言ってくれよ。」

 怒りと恥ずかしさと情けなさと悔しさと様々な感情が混じって頭がキューってなった。

 スー、ハーと深呼吸。吐き出す息とともに落ち着きを取り戻す。

「いや、俺が悪いな。ゴーサインを出す俺がちゃんと確認していないといけないことだった。X46、本当にありがとうな。助かったよ。」

「私の方が先に助けられてしまったわね。」

 X46とグリーンリンクスは再度ドッキングして、観測対象の第2惑星へ戻った。


 X46とドッキングを解除してお互いの格納庫を開放する。俺はというと船外活動だ。観測機器を物理的に運ぶのだ。X46への負荷がなるべく小さく、カプセルを格納するのに十分な大きさの観測器を選ぶ。無重量状態だと容易だ。こういう作業もロボットより柔軟にできるのも有人の強みだね。

 その後、無事カプセルをピックアップすることができた。これにより、外郭スペースは俺の立ち入りは禁止となった。


 帰還の日。X46との別れの日。X46はこのあと20年にわたりこの星域の探査を続ける。

「お姉様に探査機として必要な心構えを教わることができてとても充実した日々を過ごすことができましたわ。改めて感謝いたしますわ。もちろん、シルフ様にも。」

「そう。そう言ってもらえると私もうれしいわ。預けた荷物をどうするかに関わらずベース惑星へ戻ったらまたお話ししましょう。ごきげんよう。」

 リンクスはX46にそういって主星へ向かって加速し始めた。スイングバイで加速するためだ。

「楽しかったな。」

「そうね。私も他の探査機と協業して仕事をするのは初めての経験だったからとても勉強になったわ。」

 リンクスが自分の成長を語るというのは珍しい。からかってやろうと思ったけどやめておいた。

「ところで、まっすぐ帰るのか?」

 しんみりした空気を換えたくて話題を変えた。

「そうね。来る途中に浮遊惑星を確認したから興味があったら寄ってもいいわよ。」

「それは面白そうだね。ちょっとだけ寄り道しようか。」

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