8.ぼくは犬ではありません
―——幸せは、一瞬にして崩れ去る——。
ある日、牧と一緒に散歩に出かけた。牧は道の端に植えてある植物が好きなようで、何かを見つけは度に植物の名前を教えてくれる。
「見て!スズメノエンドウだよ」
小さくて、薄紫色の花。スズメノエンドウだ。
「マメ科ソラマメ属の雑草で、同じ属性のカラスノエンドウよりも小さいんだって」
「へー、そーなんだ。あ、たんぽぽだー!」
よく見るセイヨウタンポポ。
「たんぽぽの葉っぱはロゼット葉って言って、冬の寒さから自分を守るためにこんな形になってるらしいよ」
「へー!ものしりだね、仁くん」
ぼくは母さんの優しい顔を思い出しながら言う。母さんは、すごく優しい人だったっけ。
「ぼくの母さんが、勉強はできるようになったほうが人生楽だから、できることならやりなさいって言ってた」
「そっかぁ……ボクもお勉強頑張ってみようかな……」
そんな会話をしながら歩いていると、前からやって来た自転車がキイィッとたかいブレーキ音を鳴らす。牧がおどろいてキュッと目を瞑り、耳を押さえた瞬間に、自転車に乗った人に体を持ち上げられる。牧が目を開けた瞬間には、ぼくはもう首筋にカッターを突きつけられ、黒が強いサングラスをかけさせられ、すごく危険な状況で、前が見えない状態で二人乗りをさせられていた。自転車を運転してるのは、兄さんだった。
兄さんたちは引っ越しをしたみたいで初めて見る家へ連れてかれた。家に着くなり兄さんはニコニコ笑いながら言う。
「父さんの名に傷がつくのはよくないし、学校には行かせてくれるらしいよ。もちろん転校という形で。もう逃げられないようにしないとだから……あの倉庫に入れて南京錠でもかけておくか」
倉庫に投げ入れられる。……左頬を怪我したみたい。今すっちゃったから……。兄さんに鎖のついた首輪をつけられそうになって慌てて避けたら平手打ちをされた。
「逃げちゃダメでしょ?仁くん?」
鎖の片端を柱に巻きつけて打ち付け、手を後ろ手にして手錠ををかけられ、足にも手と似たようなものをつけられる。まあ、体の関節は外せるから後ろ手にしても意味は無いけどね。
父さんはぼくを置いていった。でも、兄さんは連れ戻しに来た。きっと、兄さんがそうでもしないということを聞かなかったから、父さんが許可したからだと思う。
兄さんは、ぼくのことが大好きだ。世間ではブラコンと呼ばれる類の人らしい。それで、いつもぼくのことを可愛いねって言ってくれてた。小さい頃はそれで済んでたんだけど、ある日を境に、ぼくの苦しむ姿がとてつもなくかわいいと思うようになったらしくて、その日からずっとこんな感じだ。
閉じ込められて、数日が経った。……ある日の夜。父さんが兄さんに声をかける声がかすかに聞こえてくる。
「おい、春。これ、今日のクズのための夕飯。クズに持っていってやれ」
兄さんがはーいと返事をする。ガチャガチャと音がして、南京錠が開き、扉が開く。まぶしい……。兄さんが首輪をはめられ、鎖をつけられているぼくに近づく。手が使えないので、兄さんに食べさせてもらう。
「はい、お口開けて」
でも、いつもはパンが出るけど、たまに食べられないものが入っていたりする。口に入れた瞬間、吐き出しそうになった。……泥だ。
「はい、よく噛んで。ごっくん」
なんとか噛みしめる。兄さんはしばらくすると出ていき、扉を閉め、南京錠をかける。辺りがまっ暗闇に戻され、噛んでいた泥を一気に吐き出す。ジャリジャリするし、美味しくない。
服も全然着替えてなければ最近お風呂にも入ってない。お水が届けられるのは1日3回だけ。毎日硬い、冷たい倉庫の床で寝ている。夜は寒くても布団はないし、暑かったとしても、クーラーどころか扇風機も団扇もない。朝になっても鳥の鳴き声が聞こえるだけで、そこはただただ、暗闇があるだけ。
一応、今日は濡れタオルで体を拭くぐらいは許された。
朝、父さんか兄さんが、起きたら朝ごはんをくれる。でも、夕飯の残りのときもあるし、時には腐ってるものも食べさせられる。そして、長そで長ズボンで登校だ。
今日は、新しい学校初めての日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます