2.赤の他人を助けるなんて

次に目を覚ますと、隣のベッドの上では裕翔と東が眠っていて、ぼくの前には父さんが立っていた。


「仁、起きたか」


「あ……うん」


2人の耳や手がぴくりと動く。


「ほら、行くぞ」


「あ、ちょ……」


ぼくは父さんに手を引かれて保健室をあとにした。目を覚ました裕翔と東には申し訳ない。とりあえず、少し会釈をして父さんについていった。


「勝手に入学式サボりやがって……」


「……ごめんなさい」


寝てる間にそれだけ時間が経ってたなんて……。多分、今から先生の指示に従って教室行ったりとかするんだろう。父さんに手を引かれて体育館へ向かう。

体育館……やっぱり、怖い。吐き気がする。体育館は嫌だって言いたいけれど、それが怖い。言った瞬間に吐いちゃったらどうしよう。怒られて殴られたらどうしよう。

と、父さんの目の前に知らない女の子が立ちふさがった。うしろに裕翔がいる。東は不満そうに後ろに立っている。


「おい、おっさん!」


「あ?オレはおっさんじゃねえ」


「ふーん。じゃ、おじいさん」


「おじいさんでもねえ!」


「じーさんは、自分の子どもいじめて、何が楽しいんだ?」


「は?」


父さんがぼくを見下ろす。女の子が短い紫のツインテールを振ってやれやれというようにため息をつく。


「はあ……わかってねえなあ……」


「何がだ?」


「息子さんが、人混みが苦手ってことじゃ」


急に、髪の長い男の子がやってきた。


「おい、よーがん!あたしのセリフとるな!」


男の子は女の子の声を無視して父さんに話しかける。


「ほら、この子、苦しそうじゃろ?」


「苦しそう?どこが?こんなんで駄目になったのか?仁はこんな弱くねぇ」


父さんがやれやれと言ったように首を横にふる。


「こんの……!お前ェは自分の息子すら見れねえクソやろーなのかよ!」


そのまま女の子と男の子、そして父さんが口喧嘩をする。父さんはケンカに夢中でぼくの手を離す。


「こっちにきて」


小さな男の子囁き声が聞こえたかと思った瞬間、手を引っ張られ、走り出していた。少しすると男の子が止まってこちらを振り返る。


「大丈夫だった?落ち着くよね、裏庭。あ、ボクは遠野牧!よろしくね」


「えっと……ぼくは朝倉仁。さっきは……ありがとう」


「どーいたしまして!ちなみにさっきのツインテールの女の子は眼真冥沙、黒い長髪の男の子は牧ノ原陽眼だよ。ボクの幼馴染と従兄弟。

それより、仁くん、大丈夫?顔色悪い気がするよ。さっき裕翔くんに聞いた話だけど、保健室だと連れ戻されちゃうんだよね……。そうだ!理事長室にいこう!ボクのおとーさん、理事長なんだ!」


「父さんに見つからないなら……どこでも大丈夫」


「わかった!」


校舎の中をたったか走る牧を追うようにして、てくてく歩く。


「仁くんってさ…」


「うん?」


「歩くの速いね」


「そうかな?」


「ボクは走ってるのに、仁くんは歩いて追いついてるじゃん」


「……たしかに」


すると、急に牧が立ちどまった。


「あ!ここだよ、理事長室」


牧がノックをすると、中から男の人の声がした。


「どーぞ♪」


「今の、理事長だよ。今は機嫌が良いみたい」


そう言ってドアノブをガチャリと回し、堂々と開ける。中には奥に延びた長机があり、その両脇に椅子が並べておいてある。ドアの真正面の長机の向かい側に椅子が一つあり、そこに理事長が座っている。


「おとーさん!」


「学校内では理事長と呼びなさい」


「はーい、理事長!」


なるほど、牧くんと理事長は親子らしい。


「よくできました。ところで、後ろの子……仁くんは、どうしたんですか?」


「あ……今日、この学校に来たんですけど」


理事長がうんうんと相槌を打って聞いてくれる。


「その……人ごみの中が苦手で休んでたら父さんがきて、体育館に連れて行こうとしたから、ま……牧くんが、ここまで連れてきてくれて、ここで休めないか聞いてみるって……」


「それならここにいて良いですよ。そこにソファーがあるので寝ていても構いません。もし仁くんのお父さんが来たらお話ししてあげるから、安心して下さいね」


「……ありがとうございます」


「どーいたしまして!」


そんな声を聞いて、ぼくはふと考える。……なんでこんな赤の他人を体張って助けてくれるんだろう、ここの人たちは。ぼくはソファーにころんと横になった。あ……なんかこのソファー気持ちいい。……いつのまにか、ぼくは寝てしまっていた。


「仁くん……寝てるときは顔の表情筋緩むみたいだね。無表情だから心配してたけど」


「うん……そうなの、ぜんぜん笑わないの。泣かないし、怒りもしないの。どうしたんだろう……」


「まあ、人それぞれあるしね。牧だってそうでしょ?ずーっと笑ってるけど、泣くこともあるし、怒ることもある。仁くんはいつも真顔。それだけ何かに慎重なのかもしれないし」


「そっか……」


牧は、理事長に複雑な顔を見せた。

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