一寸先は闇だったかもしれない

まな板の上のうさぎ

1.吐き気がするってば

今日はとある小学校の入学式。たくさんの子供や大人が集まっている。ぼく、朝倉仁は、実を言うと人混みが大の苦手である。


「うう……。父さん、ちょっと、トイレ行ってくる」


「チッ……早く戻ってこいよ」


父さんは舌打ちをする。ぼくは父さんの声を聞いて、トイレに向かう。トイレで思い切り嘔吐する。吐瀉物を流し、手を洗い、トイレから出る。裏庭を通って父さんのもとへ戻ろうとしたとき。後ろから声をかけられた。


「きみ、新入生?」


振り向くと、そこには自分よりも数センチほど背の高い男の子が立っていた。


「うん……。そうだよ。誰?君」


「ぼくは西里裕翔。裕翔ってよんでね。……きみは?」


「……朝倉、仁。好きなように呼んで」


「わかった!それより、どうしてここまできたの?」


少し言葉を選んでから答える。


「えっと……人の多いところが苦手で」


「なるほどね〜」


裕翔はうんうんと深くうなずいた。本当にわかってるのかは見て取れはしない。まあ、わかっているということにしておいてやる。


「裕翔は?」


「えっとねー、ひまだったから?かなぁ。えっと……さ、せっかくだから、友達になってほしいんだけど、いい?」


「……わかった。よろしくね、裕翔」


裕翔が手を差し出す。ぼくは差し出された手をギュッとにぎる。その手は、とても暖かかった。


「いたい!いたい!」


「あ……ごめん、強くにぎりすぎた」


「いいよ。それよりさ、体育館、戻れそう?お父さんとか、心配しちゃうでしょ」


「……行ってみる」


「無理だったらここまで戻ってこよう」


「うん」


裕翔に手を引かれて体育館へ戻る。でも、途中までは良かったものの、やっぱり、無理だった。足が微かに震えて吐き気が込み上げてくる。


「だいじょうぶ?顔青いよ?具合悪い?」


ぼくは左腕を右手でつねりながら首を振る。


「そんなこと……」


「嘘はつかないほうがいいよ。保健室いこう」


「うん……」


まるで6年生みたい。裕翔……すごいなあ。堂々としてて。保健室に行くと、保健室の先生と女の子が1人いて、女の子はベットの上にあぐらをかいて座っていた。


「失礼します。1年の朝倉仁くんをつれてきました、西里裕翔です」


先生はニコニコしながら話しかけてくる。


「じゃあ、仁くん、そこの椅子に座ってね。私は保健室の先生の沙乙女南です。今日はどうしたの?」


「えっと……気分が悪くて」


「人が多いところが苦手なのかな?」


「はい……」


「なら、ここで休んで行きなよ」


「ありがとうございます」


一応布団に横になる。その横には裕翔と女の子がいる。ただ、どうにも女の子の圧が強すぎて寝れない。


「ん?あたしのことが怖いの?……あたしは沙乙女東。よろしく」


東さんがニッとわらった。沙乙女……先生の、娘さん?なのかな?なんか……全然似てないように見える。先生はもっと雰囲気がふわふわしてるし……。


「えっと……東さんは何年……」


「お前らと同じ。一年だよ」


この人が?一年?小学一年?まさか。全然そんなふうには見えない。喋り方とかが……。


「同い年だから、東って呼んでくれればいいよ」


「あ……ずま?」


「そう」


「えっと……ぼくは朝倉、仁。東、よろしくね」


「おう、よろしく」


東は目をほそめ、白い歯を見せ、ニカっと笑い、手を差し伸べてきた。これが礼儀なんだろうか。その手を軽く握る。


「仁、握力強いな」


「そうかなあ……」


これから良い学校生活が送れそうな、そんな気がした。ぼくは、ほっとして眠りについた。

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