第十八話「裂布の試み、縫い合わせの稽古」
灰の紙に記された新たな宣告は、短く冷酷だった。
> 「群れは結び、群れは立つ。だが——
> 結びはほどけ、ほどけは裂ける。
> ——裂布」
布告を見上げた人々の顔に、また影が差した。
ひとりが怯えれば、その怯えは隣へ広がる。結びがほどけるように、拍は乱れやすい。
俺は砂時計を返し、銀線を走らせた。影はまだ本格的に現れていない。だが紙の言葉はすでに、街の心に裂け目を作りつつある。
1 裂布の兆し
午後、最初の裂け目は学舎で現れた。
子どもたちが「ひざまずき立ち上がり」の稽古をしていたとき、床の木目に沿って灰色の線が走った。
ぱきり、と音がしたわけではない。だが、結びつけられていた子どもたちの動きが唐突に乱れ、一斉にばらばらに倒れ込んだ。
「裂かれた……!」アリアが笛を握る。
俺は砂時計を返し、針で線を撫でた。銀線は確かに「結び」の途中で裂け、断絶を作っている。
「群れ結びそのものを狙われている。……これが裂布だ」
フロエが柄板を強く叩いた。「なら縫い合わせろ。裂け目は布地だ。稽古でつなげ」
ミラが泣きそうな顔で糸を握り直す。「……できる。小さく、緩く、強く、でも何度でも結べば」
封糸の女は木札を差し出し、静かに言った。「裂け目は恐怖の形。沈黙を置けば、縫い代になる」
俺は針を走らせ、裂け目の両端を撫でた。結びは裂かれる。しかし裂かれた布は、逆に縫う余地を作る。
「裂布を稽古に変える……縫い合わせの稽古だ!」
2 縫い合わせの稽古
その夜、王都の広場で布告が掲げられた。
王は立ち、短く言った。
> 「裂けは縫える。裂け目は縫い代。
> 人の結びは裂かれても、縫い合わせられる」
群衆が息を呑む。だが拍は伝わる。
工匠が踏み板を並べ、裂け目を跨ぐように足を置く型を示す。
フロエは柄板に「縫い合わせ」の裏打ちを刻み、アリアは笛で二音を重ねる。
ミラは子どもたちとともに青い糸を結び、封糸の女は木札で静かな縫い代を広げた。
裂け目は広場に現れた。石畳の継ぎ目が黒く滲み、群れが一斉に倒れそうになる。
「——今だ!」
俺は針で裂け目を刺す。銀線が裂けをなぞり、縫い合わせの道を作る。
人々が一斉にひざまずき、そして立ち上がる。裂け目は、縫い代として刻まれた。
3 裂布との戦い
裂け目は街のあちこちで現れた。市場の通路、橋の石、工房の床。
倒れる群れもあった。だがすぐに立ち上がった。結びは裂かれたが、縫い合わせの稽古で強くなっていった。
王が言う。「私は毎日ひざまずく。裂け目があれば、そこに散って縫う」
セレスティアが剣を光らせた。「騎士団は導線を守る。裂け目に人が挟まれぬように」
グラールは紙に記す。「——『裂け目は縫い代』」と。布告はまた掲示された。
灰の縫い手は黙ってはいない。夜更け、風が紙を運んできた。
> 「裂け目を縫うのは美しい。だが、縫いすぎれば布は歪む。
> ——歪布」
裂布の次は、歪布。
縫い合わせた布そのものを歪ませ、運用を狂わせる次なる布告が迫っていた。
4 観測士の記録
俺は砂時計を返し、祖父の裏帳面を開く。
〈裂けた布は縫い代。歪んだ布は柄。〉
——次は歪布。裂けを縫い直した結果が、別の試練を呼ぶ。
だが恐れはない。裂布を稽古に変えられたように、歪布も稽古に変えられるはずだ。
「針は両刃。切れるから縫える。裂けるから縫える。歪むから——柄になる」
砂の落ちる音が、夜の王都に響いていた。
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