第十七話「群れ倒しの影、結びの稽古」
翌朝の王都は、不穏なざわめきに包まれていた。
広場の掲示板に、またも灰色の紙が貼られていたのだ。
> 「ひとりひざまずけば、街が立つ。だが——
> ひとり膝が折れれば、街も折れる。
> ——群れ倒し」
人々は文字を指でなぞり、ざわめきを増した。昨夜の布告で「ひざまずき」が街の拍として広がったばかりだ。なのに今度は「群れごとに倒れる」という宣告。
恐怖は群れを早く伝播する。ひとりが顔を曇らせれば、隣も曇る。膝が折れる音はまだしていないのに、未来はすでに重くのしかかっていた。
1 王の布告の続き
「群れ倒し」。
王城の会議室で、王は紙を睨みつけていた。
「これは“街そのもの”を狙う布告だ。昨日返しは個人に、未来返しは王に。だが今度は人々全体を巻き込む」
セレスティアが剣を鳴らす。「……集団を一斉に倒せば、街は機能を失う」
フロエが柄板を叩いた。「ならば、集団ごとに立つ稽古を作るしかない」
「群れ結び」封糸の女が低く呟いた。「ひとりの逃げ道では足りない。群れ全体にほどけの道を作る」
アリアが息を吸い、指を笛に置いた。「音も一人じゃなく、合奏にする。二音じゃなくて群拍」
ミラが青い糸を握り、怯えながらも言った。「みんなで……結べば……強くなる」
俺は砂時計を返し、銀線を会議室の床に走らせた。
「群れ倒しは、影が広がってくる。人が集まる場所全部に。市場、広場、橋、学舎。街全体が舞台だ」
「全部を守れるのか?」グラールが渋面で言う。
「全部は無理だ。だから街を稽古場にするんだ。群れ全体が、群れごとに結ぶ稽古を」
王が頷いた。「布告を続ける。『群れは結び、群れは立つ』——それを今日の言葉とする」
2 群れ倒しの兆し
昼前、最初の影が市場に現れた。
露店の間の石畳に、灰色のシミが広がる。人々の足がそこを通ると、未来の姿が透けて見える。
——数人が一斉に膝を折り、倒れる姿。
隣の者まで巻き込まれ、屋台が崩れ、商品が散らばる。
「これが……群れ倒し」俺は針を構えた。
アリアが笛を吹いた。二音ではなく、三音。
「た・お・れ」ではなく、「ひ・ざ・む」。
周囲にいた人々が反射的に膝を折り、次の瞬間、立ち上がった。
拍は倒れる前に立ち上がる動きに変わった。
ミラが青い糸を人々の足元に結ぶ。結びはひとりずつではなく、数人まとめて。「群れ結び」。
「小さく、緩く、強く」彼女は息を吐きながら言った。
封糸の女は木札を砕き、沈黙の結びを広げる。市場全体が一瞬だけ静かになり、人々の呼吸が揃った。
未来返しの影は、立ち上がる拍に押し流されて消えた。
3 街を稽古場に
だが影は市場だけではなかった。
学舎の教室、橋の上、工房の中庭。あらゆる場所に群れ倒しの影が広がる。
俺たちは走り続けた。砂時計を返し、銀線で影の置き場を撫で、ずらし、逃げ道を作る。
アリアは笛で群拍を刻み、フロエは柄板で裏打ちを打つ。
工匠は踏み板を並べ、子どもたちに「ひざまずき立ち上がり」の型を教えた。
封糸の女は木札を割り続け、群れごとのほどけを広げる。
ミラの青い結びは小さく、緩く、だが確かに強く群れを守った。
——街が稽古場になっていた。
人々はただ守られるのではない。自ら膝を折り、立ち上がり、結び合い、ほどけ合う。
未来返しは確かに強い。だが、稽古に混ぜ込まれれば「予兆」にすぎない。
4 灰の縫い手の次なる布告
夕刻。
広場にまた紙が貼られた。
> 「群れは結び、群れは立つ。だが——
> 結びはほどけ、ほどけは裂ける。
> ——裂布」
群れ倒しの次は「裂布」。
結びそのものを裂き、逃げ道を消そうという宣告だった。
俺は針を握りしめた。
祖父の裏帳面の余白が頭に浮かぶ。
〈結びは裂けるもの。だが裂けた布こそ、縫い合わせる余地がある〉
次は——裂布。
街を守る稽古は、さらに大きな試練を迎える。
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