幕間「縫われた者たちの地図」

 夜更け、王城の塔の一室。

 俺は砂時計を返しながら、今日までに関わった人々の名を帳面に書きつけていた。祖父の裏帳面の余白を借りて、自分なりの運用の地図を作る。

 誰が味方で、誰が敵で、誰がその中間に立つのか。

 未来返しをほどくには、まず現在を正しく縫い付けなければならない。


【観測士】


ユリウス

 俺自身。かつて「役立たずの観測士」として追放されかけたが、祖父の遺した裏帳面と針、砂時計を受け継ぎ、記録を縫い直す役を担っている。

 《観測》スキルはただの視覚補助だと思われていたが、実際には「未来返し」や「昨日返し」を捉え、ほどくための線を見出す唯一の道具だった。

 欠点は、自分自身が未来返しに巻き込まれる危険を常に抱えていること。


祖父(故人)

 かつて「裏帳面」を記した男。名はもう記録に残らない。彼が残した余白のメモが、俺の行動の指針になっている。

 「やり足りないで終えろ」「針は両刃」「未来返しは人の決意でほどける」——その短い言葉が、俺を今も導いている。


【王とその周囲】


 「散る」ことを決意した人物。これまで王であることを布で包み隠してきたが、未来返しに狙われるなかで「人である」ことを優先し、街にひざまずく布告を出した。

 王は倒れなかった。倒れる未来を「ひざまずく今日」に変えた。その決意が、街を稽古場に変える端緒となっている。


セレスティア

 剣を執る姫騎士。常に王の右手として立ち、戦闘力と判断力を兼ね備える。

 「美しい」と言葉少なく告げることがあるが、それは彼女なりの最大の敬意だ。

 未来返しの場では、常に「導線」を守り、人が巻き込まれぬよう先を読む役を担っている。


執政官グラール

 王城の実務を取り仕切る文官。現実主義者だが、決して王を見捨てない。

 掲示「王はひざまずいた」を提案したのは彼であり、その一文は街に大きな効果を与えた。

 彼は布を織るのではなく、布告として形に残す役目を負っている。


【仲間たち】


アリア

 笛の使い手。未来返しの「アクセント」をずらす二音を編み出し、言葉や影の意味を滑らせる。

 明るく軽いが、恐怖に震えることもある。その正直さが、逆に拍を生む。

 「音」で人の稽古を支える存在。


ミラ

 青い糸を結ぶ少女。小柄で臆病だが、逃げ道を作る結びを唯一操れる。

 彼女の結びは「小さく、緩く、強い」。未来返しを予兆に落とすとき、必ず必要になる。

 彼女が震えながらも結ぶたび、街の人々は救われる。


フロエ

 柄板を使う青年。拍や裏打ちを記録し、稽古の拍子を支える。

 強い意志を隠さず、衝突を恐れない。だが誰よりも「街柄」を信じている。

 彼の柄板に刻まれた拍が、街を一つにする。


工匠

 王都の踏み板を管理する職人。痩せ細った体に、固い火がある。

 「語の柄」を掘り出し、倒れるを「座る」や「拝礼」に転じる工夫をした。

 見本市で披露する「拝礼歩」が、未来返しへの対抗策となった。


封糸の女

 かつて袋に縫い込む側だった女。沈黙をまとう。

 彼女は袋の強さと危うさを知っており、今はほどけを作る役を担っている。

 その沈黙は武器であり、時に毒にもなる。

 まだ謎が多いが、灰の縫い手と同じ「縫い手」である可能性がある。


【外部の力】


西の女王

 孤児を束ねる女性。王の配偶者ではなく、市民に親しまれる「女王」。

 未来返しの影に狙われたが、自ら子を抱き上げ、座ることで倒れる未来をほどいた。

 彼女は街の「王であろう者」として、今後さらに影響を持つだろう。


バルトとジラ

 ギルドの現場役人。粗野だが信用できる。

 掲示や噂を広め、街に「今」を伝える役を負っている。灰の縫い手の布告と対抗するためには欠かせない。


【敵】


灰の縫い手

 正体不明。灰色の紙を風に乗せ、昨日返しや未来返しの影を操る。

 狙いは「王であろう者」を倒すこと。

 紙に記された短文は、街全体を未来に縛る。

 彼らは複数なのか、一人なのか。まだわからない。

 ただ確かなのは——「語」を武器にする縫い手であること。


【これまでの事件の流れ】


昨日返しの歌——港に現れた砂の船と歌。砂に飲まれる昨日を、逃げ道の結びでほどいた。


未来返しの予兆——西門に影が出現し、旅人が転ぶ未来を強制された。逃げ道を縫い、未来をずらした。


王の倒れる未来——灰の縫い手が「王は倒れる」と宣告。王は自らひざまずくことで未来をほどいた。


王都布告——「ひとりひざまずけば、街が立つ」。街そのものが稽古場となり、未来返しに対抗する力を持ち始めた。


次なる脅威——灰の縫い手が新たに「群れ倒し」を宣告。集団を一斉に倒そうとする影が予告された。


【勢力マップ(縫い目の図)】


中央に王。


王を囲むのはセレスティア、グラール、仲間五人(アリア・ミラ・フロエ・工匠・封糸の女)。


その外側に市民勢(西の女王、孤児たち、バルトとジラ)。


外周に灰の縫い手。


そしてさらに外には、まだ観測できない外の歌。


 ……こうして見ると、布はすでに縫われている。

 王は孤立していない。

 未来返しに狙われても、縫い手が「群れ倒し」を仕掛けてきても、俺たちは布をほどき、結び直せる。


 砂時計を返す。落ちる音が、夜の静寂に吸い込まれていく。

 祖父の言葉が、耳の奥で響く。


 「決意は孤立すれば鎖になる。共有すれば柄になる」


 ——明日、俺たちは「群れ倒し」に挑む。

 そのために今夜は、この地図を胸に焼き付ける。

 布地はまだほどけていない。

 街は、まだ立っている。

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