第3話「最初の客――兵士と商人」

 昼の陽射しが斜めに差し込むころ、村の道に埃が舞った。

 遠くから馬のいななき。やがて、革鎧に身を包んだ兵士三人が現れた。背には槍と盾、腰には短剣。彼らは旅塵を浴び、頬は乾ききっている。


「水を……それと、食事はできるか?」

 先頭の兵士が低い声で言った。

 村人たちは戸惑い、互いに顔を見合わせる。これまでは客を迎える余裕などなかったのだ。だが、今は――。


「ようこそ。《辺境食堂》へ」

 カイが一歩前に出て、笑顔を作った。

「粗末なものですが、腹を満たせます。中へどうぞ」


 掃除を終えたばかりの食堂に兵士たちを招き入れると、彼らは驚いたように目を瞬いた。

 窓際には削り出した木椀が並び、壁には干した薬草が吊るされている。

 小さな竈からは香ばしい匂いが立ち昇り、村の子どもたちが手伝って麦を挽いていた。


「……辺境の村で、これほど整った食事処があるとは」

「昨日まではなかったんですよ。今日から始まったんです」

 カイは微笑んだ。


 兵士たちには、川魚と麦の粥、そして魔物の肉を使ったスープを出した。

 匙を口に運んだ瞬間、兵士の表情が変わる。


「……これは」

「どうでしょう?」

「体が……軽い。疲労が抜けていくようだ」


 それは、調理スキルと調合スキルが組み合わさった効果だった。

 魔物の肉は、ただの食材ではない。適切に処理すれば、薬草と同じように効能を持つ。


「お代は?」

「金貨はいりません。銅貨で十分です。できれば噂を広めてください。それが一番の支払いになります」

 兵士たちは互いに顔を見合わせ、やがて笑った。

「変わった料理人だな。だが、悪くない」

「王都へ戻ったら話してみよう。辺境に面白い食堂があると」


 こうして、《辺境食堂》は初めて“外の客”を得た。


 数日後。

 村に荷馬車がやってきた。荷台には布や陶器、鉄製の道具が積まれている。

「噂を聞いて来た。ここで食事ができると」

 姿を現したのは、王都から来た行商人だった。

 濃い色の外套を翻し、計算高そうな目をしている。


「食事はできます。ただ、豪勢なものではありません」

「構わん。道中で腹を壊さない食事なら、それで十分だ」


 カイはスープと麦粥を出した。行商人は静かに口へ運び、しばし黙り込む。

 やがて彼は、長い息を吐いた。

「……確かに、これは金になる」


 その一言に、村人たちは息を呑んだ。

 だが、カイは肩をすくめて答える。

「金ではなく、人を動かすものにしたいんです」

「人を動かす?」

「はい。飢えた者が動けるように。疲れた兵士がもう一度立ち上がれるように。交易は、その力を橋にして広がるべきだと思います」


 行商人はしばし黙り、やがてにやりと笑った。

「面白い料理人だな。……いいだろう。次に来るときは塩と陶器を持ってきてやる。その代わり、このスープをまた食わせろ」

「約束しましょう」


 夜。

 焚き火を囲む村人たちは、興奮冷めやらぬ声を上げていた。

「兵士も商人も、この村に来るなんて!」

「本当に変わり始めているんだな」

「カイ、あんたのおかげだ!」


 カイは薪を足しながら、静かに答える。

「俺ひとりじゃない。皆が手を貸してくれたからです。……でも、ここからが本番です。噂が広がれば、助けてくれる人も増えるけど、妨害する人間も出てきます」

 村人たちは顔を見合わせ、やや不安げに頷いた。


「だからこそ、強くなりましょう。食事で、体を。交易で、暮らしを。知恵で、未来を」


 焚き火の火がぱちぱちと弾け、星々が空から見下ろしていた。

 ――辺境食堂の物語は、今まさに動き出したのだ。

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