18話:ひとりになりたかった私と、ひとりになれない君。


 木の階段をひとつ、またひとつ。

 同じような景色が続いているのに、足だけが確実に重くなっていく。


「はぁ、ちょっと、きつい……」

 思わず漏れた息に、私は自分で驚いた。

 まだ登り始めて30分も経っていないのに、太ももがじんわり重だるい。


 下見のつもりで、気軽に選んだ高尾山。

 「初心者向け」なんて言葉に、どこか油断していたのかもしれない。



 そんな私の様子を見て、前を歩いていた菜摘が振り返った。


「大丈夫? ペース落とそっか」


「……いいよ、行ってて。ちゃんとついていくから」

「いやいや、ふたりで来てるんだし。ほら、息あわせて登るのが部活ってもんでしょ?」


 菜摘はそう言って、わざと大げさにストレッチを始めた。

「ここ、脚にくるよね〜。ふくらはぎがじわじわしてる。あ〜いてて」


「……菜摘は元気そうに見えるけど」

「気のせい気のせい。私、見た目で得してるタイプだから!」


 そう言ってぴょんと段差に座ると、水筒のキャップを開けた。

 その自然な動作に、私はつられるように腰を下ろす。


 空を見上げれば、木々の隙間から青が覗いていた。

 まだてっぺんには遠いけれど、それでも少し高い場所にいることは感じられる。



「……ねえ」

 菜摘が、ちょっと唐突に口を開いた。

「秋穂はさ、なんで山岳部入ろうと思ったの?」


「……」

 即答できなかった。

 入った、というより、引き寄せられたような感覚だった。

 でも、それを言葉にするのは難しい。


「なんとなく……かな。あの部室、静かで居心地よくて。誰もいなかったし」

「なるほど、ひとりになりたかったと」

「違うけど、ちょっと合ってるかも」

 私が答えると、菜摘は笑った。


「わかるな〜。私も最初、廊下で秋穂見かけたとき、ちょっとだけ羨ましかったもん」


「……え?」

「なんかさ、ちゃんと『好きなとこに行ける人』って感じした」

「私が?」

「そう。わたし、そういうの一人でするの、わりと苦手だから」


 ふざけるように言っていたけれど、その言葉の奥にほんの一瞬だけ、影が差した気がした。



「……じゃあ、菜摘はなんで山岳部?」

 私が聞き返すと、菜摘はちょっとだけ視線をそらしてから、軽く肩をすくめた。


「んー、なんとなく?」


「……」


「いやほんとに。バスケ部とか、また走らされるしさ〜。暑いし。筋トレとか、もうイヤって感じ?」

「本当に?」

「ほんとだって! まあ、なんか変わったことしたかったってのもあるかな? 山ってなんか、でっかいし!」


 ふわっと笑ってみせたその表情は、いつもの菜摘だった。

 でも、さっきの「苦手」という言葉が、どこか引っかかっている。

 それ以上は聞かなかった。聞けなかった。



「よし、そろそろ行こっか。山頂でおにぎり食べたい!」


「……食べ物で釣るのやめて」

「え〜、でも山頂のおにぎりって5割増しでおいしいって言うし!」

「誰が言ってたの、それ」

「私が今言ったの!」



 くだらないやり取りをしながら、再び立ち上がる。

 息は切れていたけれど、さっきよりもほんの少しだけ、足が軽く感じられた。

 歩幅がそろっているのが、なんだか心地よかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る