17話:登山前の団子は、カロリーゼロ。…だと信じたい。


 高尾山口駅に着いたのは、午前8時ちょうど。


 電車を降りた瞬間、空気がすっと変わった。

 どこかひんやりとしていて、草と土の匂いが混ざった風が頬をかすめる。


 駅の構内には、すでにちらほらと登山客の姿があった。

 家族連れ、ベテラン風の人たち、カジュアルな格好のカップル。

 それぞれのペースで、山へ向かっている。


「空気、おいしい……気がする」

 菜摘が、うーんと伸びをしながら呟いた。


「気のせいじゃないと思う」

 私もザックのストラップを締め直しながら、空を見上げる。

 雲ひとつない、見事な快晴だった。

 これなら、山頂からの景色もきっと悪くない。



 駅前の小道を歩きながら、ふたりで地図を確認する。


「ねえ秋穂、登山口ってこっちで合ってる?」

「うん。あの鳥居をくぐった先、少し登ったところに稲荷山コースの入り口がある」

「りょーかい! さすがガイドさん!」

 菜摘がにこにこと歩いていく。


 その背中を追いながら、私の視線がある店先に吸い寄せられた。


「あ。……だんご屋さん、ある」

「え、ほんとだ! 寄ってこうよ!」

「えっ、まだ登ってすらないけど……」

「いーのいーの。スタート前の補給、大事ってことで!」


 店先には、みたらし、草だんご、あんこだんごの3種類が並んでいた。

「うーん……私はみたらし団子にしよっかな〜。秋穂は?」

「私もみたらしで」

「わー、かぶった! おそろいだ〜」


「……別に、かぶってもよくない?」

「ちがうの! こういうのって、ちょっと嬉しいやつなの!」


「……そういうもん?」

「そういうもん!」



 ベンチに腰掛けて、並んで串団子をかじる。

 ほのかに温かい団子のもちもちした食感と、甘じょっぱいタレが舌に広がった。

 朝早くて少し沈んでいた気持ちが、じんわりと解けていく。


 さっきまで「登るぞ」って少し身構えてたのに、今はただ静かに心地いい。


「……うま」

 私がぽつりとつぶやくと、菜摘が嬉しそうに笑った。



 再び歩き出すと、道の傾斜がほんの少しだけ変わった。

 木々の影が濃くなり、アスファルトから土の道へと変わっていく。


 街の空気とは違う、山に入る境界線を越える感覚。

 やがて、木製の案内板が見えてきた。



《稲荷山コース登山口》



 その文字を見たとき、私は自然と足を止めた。


「……ここからだね」

「いよいよって感じじゃん?」


 菜摘の声が、少しだけ緊張を含んで聞こえた。

 私はザックの位置を整えて、深呼吸する。


「うん。ちゃんと、行こう」

「レッツらゴー!」


 相変わらずの調子。

 でも、その声に背中を押されるような気がした。



 ふたり並んで、最初の階段に足をかける。

 土の匂い、鳥のさえずり、靴に伝わる柔らかい感触。


 ひとつ、歩を進めた。

 今日は、ちゃんと登る。


 菜摘と一緒に――そう思えることが、少しだけ嬉しかった。

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