8話:道と、私たちの心は、ここで途切れた。


 再び歩き始めてから、どれくらい時間が経ったのか。

 体感では小一時間。でも、実際は三十分も経っていない気がする。


 ただひたすらに、ぬかるんだ山道を登っていく。

 雨は一向にやむ気配を見せず、空気はじっとりと湿り、足取りを奪っていく。


 そのときだった。


「ねぇ、なんかこの道、ちょっとおかしくない?」

 菜摘が振り返った。

 口調は努めて軽いが、目だけが明らかに不安を帯びていた。


「……おかしいって?」

「さっきから道、細くなってきてる気がする。ロープも標識もないし」


 たしかに、最初に歩いていた「登山道」と比べて、今の道は明らかに踏み跡が曖昧だった。

 ぬかるみは深くなり、石は不安定で、滑りやすい斜面が続いている。



 なのに、菜摘は相変わらず前を歩いていく。

 私の中で、何かがぷつんと切れた。


「……菜摘が先頭だったんだから、ちゃんと確認してよ」

 言葉が出た瞬間、自分でもわかっていた。

 責めるつもりじゃなかった。

 けど――そう聞こえるように言ったのは、たしかに私だ。


 菜摘が足を止めて、こちらを振り返る。


「……なにそれ、責任押しつけ?」

「違う、でも……でもさ、少しくらい慎重に見てれば、こんな道逸れなかったでしょ」

「じゃあ、あんたは? 後ろから黙ってついてくるだけで、何か言った?」

 その瞬間、空気が変わった。


「言ったってどうせ無視して前進むくせに」

「は? なにそれ」

「いつもそう。全部、菜摘のテンションで押し切ってさ……無理でも『いけるっしょ!』で済ませて……」

「それ、言い出したの今じゃん。ずっと黙ってたくせに、こんなときだけ人のせいにしないでよ」


 菜摘の声に怒気がにじむ。

 でもそれ以上に、涙が滲みそうな気配もあった。


「秋穂だって、自分で登るって決めたじゃん。わたしに押しつけられたわけじゃないよね?」

 その通りだった。

 その通りすぎて、返す言葉が何も出てこなかった。


「……もういい。戻ろう」


「――戻れるの?」

 小さな声だった。けれど、重かった。


「……は?」

「道わかんないよ、秋穂。迷ったって言ったの、あんたでしょ」

「……」


 喉の奥が詰まったみたいに、言葉が出ない。

 そのとき――


 ザァァァッ……!


 一段と雨脚が強まった。まるで空が喧嘩を止めようとしているかのように。


 ポンチョのフードがめくれ上がり、冷たい雨が首筋に流れ込む。

 視界が霞み、呼吸すらしにくくなる。


「やば……ここ、木の下……っ!」


 菜摘が叫ぶように言い、近くの杉の木の根元へ駆け込む。

 私は何も考えず、そのあとを追った。

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