6話:100均のポンチョ。いないよりマシ、今日の私みたいに。


 土曜、朝――


 アラームの音より先に、雨の音で目が覚めた。


 窓を叩く雨粒の音が、遠慮なく現実を突きつけてくる。

 まるで「やめとけ」と忠告されているみたいだった。



 でも、もう後戻りはできない。


 布団の中で、しばらく天井を見つめる。


 登山当日の朝に、これほどテンションが上がらない人間が他にいるだろうか。


 静かに起き上がり、支度を始める。

 防水スプレーを何度も吹きかけたウィンドブレーカーを手に取り、フードの中にフェイスタオルを突っ込む。

 替えの靴下、念のための絆創膏、そして昨日詰めた行動食。


 ……どれも完璧とは言い難いけど、準備だけはした。


 それが自分にできる、精一杯の戦い方。



 ***



 午前9時前、駅前のロータリー。


 待ち合わせ場所に着くと、すでに菜摘はいた。

 というか、妙に元気だった。


「秋穂~! おっはよー!」

 びしょ濡れのアスファルトの上で、手を振ってくる菜摘は、

 なぜかフードすら被っておらず、顔も髪も雨粒で濡れている。


「……なにしてんの」

「え? 雨だな~って思って」

「知ってるよ」


 傘くらい差してればいいのに、と言いかけてやめた。


 よく見ると、リュックにでかいビニール袋をかぶせていた。

 自分の体はびしょ濡れのくせに、荷物はやたら厳重。

 そういうとこだけ妙に現実的だ。


「はい、レインポンチョ! 予備持ってきた!」

「……えっ、マジで?」


 手渡されたそれは、100均の簡易レインポンチョだった。

 正直、戦力としては微妙すぎる。

 でも、私のウィンドブレーカーよりは――まだ、マシかもしれない。


「……ありがと」

「でしょ? わたし天才かも!」

「うん、調子乗りすぎ」


 そう言いながらも、私は無言でそのポンチョをリュックの中にしまった。

 菜摘が笑ってるのが、なんだか妙にまぶしかった。


 駅前のロータリー。

 雨粒が、舗装されたアスファルトを叩いて小さな波紋をつくっていた。

 空はどんよりと灰色で、空気がじとりと重い。


「よし、じゃあ――いきますか、我らが初登山!」


 菜摘が勢いよく拳を掲げた。

 その元気さが、今の私にはちょっとだけ眩しかった。


 私は黙ってうなずいた。


 歩き出す。

 ずしりと重いリュック。濡れた足音。冷えた空気。

 不安と期待が入り混じったまま、私たちは駅を離れた。


 雨は止む気配を見せなかった。

 それでも、山のふもとへと続く道を、私たちは黙々と歩いた。


 少し重たい靴音を、

 雨が優しく――でも確かに、かき消していった。

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