第01話 最弱のSSR
とある日の午後。都内のオフィスの一角。
俺――
画面に浮かんだ送り主の名前を見て、思わず手が止まる。
SR(スーパー・レア)ランクの魔法使いにして、日本トップランカー。
かつては俺の冒険者仲間――もっとも、それはもう十年前の話だ。
ちなみに、魔法使いの中でもダンジョンに潜る者を冒険者と呼ぶ。
今や彼女は“ヒーロー様”。
対して俺は、ダンジョン素材流通会社のしがないサラリーマン。
住む世界が違いすぎて、これまで私信ひとつ来たこともなかった。
メールの文面は拍子抜けするほど簡潔。
――都合の良い時に会って話をしたい。
それだけ。
……まあ、色気のある話じゃないのは確かだろう。
俺はため息をつくと、返信のために画面をタップした。
***
翌日、俺は社長に呼び出された。
社長といっても会社は零細。五十がらみのオッチャンで、気心は知れている。
たまに飲み代をおごってくれるが、無茶振りしてくるのが玉にキズだ。
また納期調整か……と頭の中でスケジュールを組み直しながら、会議室のドアを開けた。
――目に飛び込んできたのは、社長の満面の笑み。
いつも作業服姿。腕まくりした袖からは趣味の釣りで焼けた肌がのぞいている。
「おう、修司! お前、近藤さんと同じパーティだったんだってな?
なんで黙ってたんだよ!」
社長の前に座る赤髪ロングの美人が、こちらに微笑む。
……麗良。
メディアで見慣れた冒険者ルックではなく、今日は襟の大きな高級シャツにジャケット姿。
化粧はナチュラル。
年齢はまだ二十代後半。できる女の風貌。
くたびれたオッサン(社長)と、くたびれかけのオッサン(俺)との対比が鮮やかすぎた。
そして、麗良は社長に対して申し訳なさそうに眉を下げる。
「すみません。佐伯さん、お忙しいと伺っていたのですが……どうしてもお伝えしたいことがあって」
社長は「んんっ、なに言ってんの。ヒマヒマ!」と片手をぶんぶん振りながら笑った。
そして社長は席を立つと、
「ここ、使っていいですから! サインありがとね。うちの息子、大ファンなんだ。家宝にしますよ!」
そう言い残し、俺の肩をポンと叩いて足取りも軽く退室していった。
……昨日、俺はメールの返信で「この先三十年くらい寝る間もないほど忙しいからムリー」と送っておいたのだ。
まさかこんな強引な手を使ってくるとは。
諦めてテーブルの向かいに腰を下ろすと、麗良はにこやかに言った。
「ごめんなさい、先輩。寝てないのに……でも、わりと元気そうですね」
――こいつ。
いつの間にイヤミを言えるようになったんだ。
泣き虫だった新人時代。
いつも俺の背中に隠れて、コボルトに殴られてピーピー泣いてたくせに。
……それが今や、日本最高峰。
もっとも、SRといっても最初から無双できるわけじゃない。
レベルを積み上げ、スキルをひとつずつ覚え、そうしてようやく強くなる。
現在の彼女は★3、Lv.99のはずだ。
星とは魔法使いの基礎能力。
レベル99に達するとひとつ上げられる。
ただし星を上げると、レベルはまた1から。大幅にステータスは落ちるが、初期値は前より底上げされ、新しいスキルも得られる。
積み上げの果てに待つのは、★5・Lv99。
そういう意味では、まだ彼女の伸び代は充分だった。
俺はようやく口を開く。
「……それで、なんだよ今さら」
すると麗良は、バッグからタブレット端末を取り出した。
「細かい話の前に、まずは見て欲しいものがあるんです」
そう言って操作し、俺の前に立てかける。
***
画面に映るのは動画配信サイト。
もちろん知っている。
俺が現役だった頃、ダンジョン内部の情報は機密扱いだった。
だが、とある国が攻略やモンスター戦の配信を始めると、一気にエンタメ化。
日本政府も五年前に解禁した。
いまや動画配信の広告や投げ銭収入は国の財源。その一部は冒険者にも還元される。
さて、映っていたのは――とある冒険者パーティのモンスターバトル。
……若い。
まだ高校生くらいの制服姿の女の子が三人。
だが、実は珍しくもない。
冒険者は若いほど有利。魔法使いガチャも、どう見ても若者に当たりやすい調整がされている。
二十歳を過ぎてからデビューなんてレアケースだ。
俺自身も小学生から親に送迎されてダンジョンに通った。麗良は中学生からだ。
ただし十八歳までは成人魔法使い同伴、活動は夜七時までと決まっていた。
そんなことを思いながら、動画に目を戻す。
三人の相手はジャイアントバット。大蝙蝠だ。
群れなら厄介だが、どうやら単体。
魔法使いとしては凡庸なR(レア)でも手こずる相手ではない。
……のはずが、どうにも動きがぎこちない。
まず動いたのは、ショートカットに茶系メッシュの入った快活そうな子。
拳と蹴りを滅多やたらに繰り出すが、まるで当たらない。
しかも、なぜかカメラ目線。集中できてない。
「もうっ!」と叫び、残り二人のうち黒髪ロングを見る。
黒髪は杖を構えていた。しかも高ランク武器「輝光の残影」。
攻撃魔法の威力を大幅に向上させる代物だ。取引価格も半端ではない。
どこぞのお嬢様だろうか。
だが、もじもじして魔法を撃たない。
あれは発動までに通常の倍の時間がかかる。高速発動スキルと組み合わせて初めて真価を発揮するのだが……そんな芸当、到底できそうにない。
そして最後のひとりは、ボーッと突っ立ったまま。
茶色のセミロングボブにくりくりの目で、愛嬌はある。
すると、カメラマンらしき若い男の声が響く。
「ユリィ、スマイル! スマイル!」
呼ばれた娘は、両手の人差し指を頬にあてニッコリ。
……何がスマイルだ。
そのとき、黒髪ロングの杖が眩く光り、ドンッと火の玉が放たれた。
撃った本人は反動でひっくり返る。
火の玉はショートカット娘の頬を掠め――偶然ジャイアントバットに命中。
――戦闘終了。
「アッツーーー!!」
ショートカットが叫び、ひっくり返った黒髪に怒声を浴びせる。
「ちょっとリリカ! あれ当たるとこだったじゃん!!」
リリカと呼ばれた黒髪はムクリと起き上がり、切れ長の目をジロリ。
「何よ、あれくらい。
ライナがちゃんとやらないから、私が倒してあげたんでしょ?」
プイと横を向く。
また男の声が入る。
「まあまあ、配信中だから……それよりも! 討伐おめでと〜う。ライナ、リリカ、ユリィでしたー!」
数秒の沈黙。
「みんな笑って、ね!? チャンネル登録よろしくぅ!!」
男の合図で、三人はへらへら笑いながら手を振った。
――動画終了。
***
俺はポカンとしたまま、「で?」と麗良に問いかける。
麗良はにこやかに言い放った。
「というわけで、この子たちの育成をお願いしたいんですよー」
……何が「というわけ」だ。さっぱり意味が分からん。
「あのなあ……」と呆れかけた俺を、麗良が手で制した。
「先輩。この前の千連ガチャ、知ってます?」
知らない方がおかしい。
連日テレビもネットも大騒ぎ。SRが七人も出たと発表され、高柳総理の人気は爆上がり中だ。
――ということは、まさか?
俺は察して口を開く。
「この三人、もしかしてSR……なのか?」
麗良は首を横に振り、わざとらしく声を潜めた。
「ここだけの話。なんと、この子たち全員SSRなんです。……きゃっ、言っちゃった!」
はあ?
頭が真っ白になり、俺はただ麗良の笑顔を見つめるしかなかった。
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