第01話 最弱のSSR

とある日の午後。都内のオフィスの一角。


俺――佐伯 修司さえき しゅうじ(三十八・独身)は、営業資料を閉じたところでスマホの振動に気付いた。

画面に浮かんだ送り主の名前を見て、思わず手が止まる。


近藤 麗良こんどう れいら


SR(スーパー・レア)ランクの魔法使いにして、日本トップランカー。

かつては俺の冒険者仲間――もっとも、それはもう十年前の話だ。


ちなみに、魔法使いの中でもダンジョンに潜る者を冒険者と呼ぶ。


今や彼女は“ヒーロー様”。

対して俺は、ダンジョン素材流通会社のしがないサラリーマン。

住む世界が違いすぎて、これまで私信ひとつ来たこともなかった。


メールの文面は拍子抜けするほど簡潔。


――都合の良い時に会って話をしたい。


それだけ。


……まあ、色気のある話じゃないのは確かだろう。


俺はため息をつくと、返信のために画面をタップした。


***


翌日、俺は社長に呼び出された。


社長といっても会社は零細。五十がらみのオッチャンで、気心は知れている。

たまに飲み代をおごってくれるが、無茶振りしてくるのが玉にキズだ。


また納期調整か……と頭の中でスケジュールを組み直しながら、会議室のドアを開けた。


――目に飛び込んできたのは、社長の満面の笑み。

いつも作業服姿。腕まくりした袖からは趣味の釣りで焼けた肌がのぞいている。


「おう、修司! お前、近藤さんと同じパーティだったんだってな?

なんで黙ってたんだよ!」


社長の前に座る赤髪ロングの美人が、こちらに微笑む。


……麗良。


メディアで見慣れた冒険者ルックではなく、今日は襟の大きな高級シャツにジャケット姿。

化粧はナチュラル。


年齢はまだ二十代後半。できる女の風貌。


くたびれたオッサン(社長)と、くたびれかけのオッサン(俺)との対比が鮮やかすぎた。


そして、麗良は社長に対して申し訳なさそうに眉を下げる。


「すみません。佐伯さん、お忙しいと伺っていたのですが……どうしてもお伝えしたいことがあって」


社長は「んんっ、なに言ってんの。ヒマヒマ!」と片手をぶんぶん振りながら笑った。


そして社長は席を立つと、


「ここ、使っていいですから! サインありがとね。うちの息子、大ファンなんだ。家宝にしますよ!」


そう言い残し、俺の肩をポンと叩いて足取りも軽く退室していった。


……昨日、俺はメールの返信で「この先三十年くらい寝る間もないほど忙しいからムリー」と送っておいたのだ。


まさかこんな強引な手を使ってくるとは。


諦めてテーブルの向かいに腰を下ろすと、麗良はにこやかに言った。


「ごめんなさい、先輩。寝てないのに……でも、わりと元気そうですね」


――こいつ。

いつの間にイヤミを言えるようになったんだ。


泣き虫だった新人時代。

いつも俺の背中に隠れて、コボルトに殴られてピーピー泣いてたくせに。


……それが今や、日本最高峰。


もっとも、SRといっても最初から無双できるわけじゃない。

レベルを積み上げ、スキルをひとつずつ覚え、そうしてようやく強くなる。


現在の彼女は★3、Lv.99のはずだ。


星とは魔法使いの基礎能力。

レベル99に達するとひとつ上げられる。

ただし星を上げると、レベルはまた1から。大幅にステータスは落ちるが、初期値は前より底上げされ、新しいスキルも得られる。


積み上げの果てに待つのは、★5・Lv99。


そういう意味では、まだ彼女の伸び代は充分だった。


俺はようやく口を開く。


「……それで、なんだよ今さら」


すると麗良は、バッグからタブレット端末を取り出した。


「細かい話の前に、まずは見て欲しいものがあるんです」


そう言って操作し、俺の前に立てかける。


***


画面に映るのは動画配信サイト。

もちろん知っている。


俺が現役だった頃、ダンジョン内部の情報は機密扱いだった。

だが、とある国が攻略やモンスター戦の配信を始めると、一気にエンタメ化。

日本政府も五年前に解禁した。


いまや動画配信の広告や投げ銭収入は国の財源。その一部は冒険者にも還元される。


さて、映っていたのは――とある冒険者パーティのモンスターバトル。


……若い。

まだ高校生くらいの制服姿の女の子が三人。


だが、実は珍しくもない。

冒険者は若いほど有利。魔法使いガチャも、どう見ても若者に当たりやすい調整がされている。

二十歳を過ぎてからデビューなんてレアケースだ。


俺自身も小学生から親に送迎されてダンジョンに通った。麗良は中学生からだ。

ただし十八歳までは成人魔法使い同伴、活動は夜七時までと決まっていた。


そんなことを思いながら、動画に目を戻す。


三人の相手はジャイアントバット。大蝙蝠だ。

群れなら厄介だが、どうやら単体。


魔法使いとしては凡庸なR(レア)でも手こずる相手ではない。

……のはずが、どうにも動きがぎこちない。


まず動いたのは、ショートカットに茶系メッシュの入った快活そうな子。

拳と蹴りを滅多やたらに繰り出すが、まるで当たらない。

しかも、なぜかカメラ目線。集中できてない。


「もうっ!」と叫び、残り二人のうち黒髪ロングを見る。


黒髪は杖を構えていた。しかも高ランク武器「輝光の残影」。

攻撃魔法の威力を大幅に向上させる代物だ。取引価格も半端ではない。

どこぞのお嬢様だろうか。


だが、もじもじして魔法を撃たない。

あれは発動までに通常の倍の時間がかかる。高速発動スキルと組み合わせて初めて真価を発揮するのだが……そんな芸当、到底できそうにない。


そして最後のひとりは、ボーッと突っ立ったまま。

茶色のセミロングボブにくりくりの目で、愛嬌はある。


すると、カメラマンらしき若い男の声が響く。


「ユリィ、スマイル! スマイル!」


呼ばれた娘は、両手の人差し指を頬にあてニッコリ。


……何がスマイルだ。


そのとき、黒髪ロングの杖が眩く光り、ドンッと火の玉が放たれた。

撃った本人は反動でひっくり返る。


火の玉はショートカット娘の頬を掠め――偶然ジャイアントバットに命中。


――戦闘終了。


「アッツーーー!!」


ショートカットが叫び、ひっくり返った黒髪に怒声を浴びせる。


「ちょっとリリカ! あれ当たるとこだったじゃん!!」


リリカと呼ばれた黒髪はムクリと起き上がり、切れ長の目をジロリ。


「何よ、あれくらい。

ライナがちゃんとやらないから、私が倒してあげたんでしょ?」


プイと横を向く。


また男の声が入る。


「まあまあ、配信中だから……それよりも! 討伐おめでと〜う。ライナ、リリカ、ユリィでしたー!」


数秒の沈黙。


「みんな笑って、ね!? チャンネル登録よろしくぅ!!」


男の合図で、三人はへらへら笑いながら手を振った。


――動画終了。


***


俺はポカンとしたまま、「で?」と麗良に問いかける。


麗良はにこやかに言い放った。


「というわけで、この子たちの育成をお願いしたいんですよー」


……何が「というわけ」だ。さっぱり意味が分からん。


「あのなあ……」と呆れかけた俺を、麗良が手で制した。


「先輩。この前の千連ガチャ、知ってます?」


知らない方がおかしい。

連日テレビもネットも大騒ぎ。SRが七人も出たと発表され、高柳総理の人気は爆上がり中だ。


――ということは、まさか?


俺は察して口を開く。


「この三人、もしかしてSR……なのか?」


麗良は首を横に振り、わざとらしく声を潜めた。


「ここだけの話。なんと、この子たち全員SSRなんです。……きゃっ、言っちゃった!」


はあ?


頭が真っ白になり、俺はただ麗良の笑顔を見つめるしかなかった。

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