第17話 病床での再会
「ここは?確か門に触れて……イテテ」
右手に強い痛みを感じた。右手には添え木と包帯が巻かれていた。他に目立った怪我はない。
怪我こそあれど無事に生還出来たことを大いに喜ぶべきなのに、あろうことか俺は嘆息していた。
ロクサネの顔、あの景色に街並み、そして最後に見た病人がまるで今の俺とリンクしている気がして嫌な気分だった。
「行っても無駄だって?良いじゃねえか天幕の中を確認するだけで朝の訓練をしなくて済むんだから」
外から聞こえるのはケネー城で共に戦ったラビアの声だった。
「けどよ、ユータが気を失ってはや三日が経ってるんだぞ。団長が見に行けって云うけど、だったらユータがいる寝床をウチの野営地に移せば良いだろ」
ヴァイクの声だった。二人が生きていたことは俺を嬉しくさせた。
「針一本でさえぼったくる商人が一つタダで天幕を貸し出してくれたんだ!ご厚意に甘んじますって……」
天幕に入ったラビアとヴァイクが腰を抜かして口をあんぐりと開けたのは言うまでもない。
「ユータが目覚めた!!」
この些細な事件はヴァール傭兵団だけに限らず、攻撃軍全体でちょっとしたニュースとなった。
俺がそれを知ったのはその日の夜、夕食のスープを持ってきた商人オラウからであった。
「ケネー城が落ちただって!?」
「三日前お前がまだ眠っていた時に、城主自ら降伏を申し出た。住民の保護を条件に降伏が成立したよ」
自分の話より、さぞ当たり前かの様にケネー城が落ちたことに俺は驚愕した。黒騎士の敵中退却で本陣が吹き飛んだのに。
「はぁ?ラビア達から聞かなかったのか?」
「終始ずっと俺のことを褒めていた。おかげで低空飛行中だった自尊心が浮上しつつある」
「それは良かった」
「それで黒騎士はどうなったのか?」
「残念ながら逃げられた」
良かった。彼女は無事、トゥルナル…何とかていう街に到着したようだ。
さて肝心の司令官クーパー子爵の安否は如何に、訊ねてみると彼は無事だ、だが・・・と彼は口を濁していた。
「詳しく言ってくれ。俺はとある機会があって司令官に会ったんだ」
「お前が司令官と?まあいい。司令官は……」
オラウは自身の右腕に手刀を当ててみせた。彼いわく襲撃の際に右腕を持っていかれたとのこと。
「幸い一命は取り留めたが、12年間続いた子爵さまの軍歴は間違いなく今回の戦で打ち止めだ。おそらく王都へ帰還する」
「凱旋じゃないのか?」
「王国全体ではそうだが、俺たち北部一帯に住む平民たちは不安でな。一時的とはいえ北の防衛を担う有力な将軍が不在になる」
「そうか……」
脳裏にロクサネの顔がよぎる。城と引き換えに有能な将軍を戦闘不能にするとは、きれいな顔して恐ろしい事をする。彼女黒騎士は最初から司令官を狙っていたのか?はたまたは偶然か。
「司令官は交代で来るだろ。その間は防御に徹せばいい。8000も居るんだから」
「まぁそうかもしれんが」
「その見通しは甘いな。ユータ」
オラウの天幕に客人が現れた。ヴァール傭兵団"団長"ライオネルである。
「今朝、昏睡状態から快復したと聞いた。調子はどうだ?」
「悪くないです」
「そうか」
ライオネルとの会話はたったワンフレーズで終わってしまった。ロイゲアの件もあり、数日ぶりの再会はなんとも気まずい雰囲気の下で執り行われた。
一方でオラウは、彼の身内に起きた不幸の主因に傭兵が深く関わっていたことから、不愉快な表情をライオネルに向けた。
「貴殿が商人オラウですね?」
「俺がオラウだ」
金髪の男は微笑し、俺の為に天幕を貸し出してくれた事を、傭兵団長自ら感謝の意を表明した。
オラウは笑ってその必要は無いと突っぱねた。
「戦場で負傷した友人の為に、利他的精神に基づいて天幕を提供しただけです」
「つまり傭兵団の為にしたのではない、と申すのですね?」
「そうだ。何がおかしい」
「いえ、貴方みたいな商人は初めて見ました。私の考える商人というものは、我々のような強者に媚びへつらう人間ばかりでしたから」
「俺もお前みたいな傭兵は初めてだ。傭兵団というのは武装した強盗殺人集団だと思っていたが、アンタやそこの傭兵団は違うらしいじゃないか。それは何故だ?」
「オラウ……」
俺はライオネルの顔を見る。しばらく思案した後、彼は回答した。
「強いからだ」
「腕っぷしが?」
「まぁ武力もそうだが、何より志というのがどの傭兵団よりも傑出している。ところで正規軍以外に合法的な武装集団をご存知かな?」
「お前たち傭兵団と騎士団、あとは荘園警固隊とか商船護衛団とか、国王陛下の為にと公言するだけで武装できるからな。困った世の中よ」
「その通りだ。その中で最も高潔な集団が騎士団なのは周知だが、その反対は傭兵団であることもまた事実。戦場への門戸が広いが故に、同業者はアウトローから義勇兵紛いまで多種多様だ」
「フン!つまるところ、お前たちは憧れの騎士になれない平民の出だと言うのだな?」
「そうだ。おかげで今や軍司令部招集の身分になれたのは戦場での善き振る舞いがあってこそだ」
「……聞くところ単なる伊達では無さそうだな。お前の理屈を信じよう。それでお前は見舞いの他にユータに伝えたいことがあるんだろう」
オラウの言う通り、ライオネルは懐から二つの包みを俺に渡した。
「これは?」
「薬だ。帝国との一時的な休戦交渉——亡骸の片付けだが、その時にある人物から貰ってな。ユータも知ってる筈だ」
「黒騎士……!」
彼は無言で頷いた。俺たちにとって黒騎士は仇なす敵だ。俺は右手首を、ライオネルは僚友のロイゲアの命を奪った憎むべき相手であった。
「殺さなかったのか?」
「まさか!俺個人の私怨で交渉を決裂する訳にはいかない」
包みを解くと、粉末薬と緑色のドロっとしたクリームが入っていた。
「奴と会って早々訊ねられたのはユータの安否だったぞ。死んでは無いと言ったらその薬を貰った。黒騎士はかなりお前を気にかけていたが、何かしでかしたのか?」
「最初に殺した敵が黒騎士の大事な人だったらしい」
「それは大変。でその薬だが、粉の方はひとつまみで一週間分だ。寝る前に水で飲むこと。クリームはアザがある患部に塗ること。三日分で飲み薬と同時に服用しろ、と奴から伝言だ」
「ありがたい。完治したお礼に首を差し出さないとな」
「はっ、勘弁してくれ。それでなユータ、戦いが終わった後、お前はどうするのか聞きたい。お前の意思は尊重する。死んだロイゲアと多少のいざこざがあったが傭兵団全体としてはお前を歓迎する空気はある」
ロイゲア……黒騎士のハルバードが喉仏を貫かれ苦悶に満ちた彼の顔が脳裏に浮かぶ。ライオネルは気にしてはいないだろうが、俺はどうしても彼についていく気が起きない。
「ライオネル、俺は別の道を歩む」
「そうか……残念だが仕方が無い。餞別だ。オラウ殿、かけている布団を剥がしてくれないか」
言われるように布団を取ると一本の剣が俺と同衾していた。黒騎士の斬撃を受け止めてくれた剣だ。
「ラビアとヴァイクからお前の剣捌きを褒めていた。剣を抜いた時まるで別人になったかのように敵を斬ったそうじゃないか」
「偶然ですよ」
「偶然!ならその剣はツキが良い。門出の縁担ぎにピッタリだ」
「でも……」
「貰っとけユータ。素人眼だが、この剣がかなり値打ちがある。俺の住んでいる街に目利きのある武器商人がいる。気に入らなかったら売ればいい、俺が売り込んでやる」
商人オラウは剣を受け取るよう勧めた。剣の柄に埋め込まれた青い宝石が火に照らされて光る。
「そうするよ。どうやら剣は俺をいたく気にっているらしい」
「フッそうかもな。じゃあユータ、これで別れだ。また会える事を願って」
彼の目と合った。澄んだ青で何もかも見透しているかのようであった。そして天幕から出ると一歩一歩、彼の姿は闇へと消えていった。
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