第3話 御者
「前進!!」
隊長の号令と共に百を越す兵士が一斉に歩み始める。それを俺は逆行するように最後尾へ向かっていた。
「おいテメェ!何故戻る!」
「副長殿の命令です」
そんなやり取りを3回ほど繰り返した後、馬車列に到着した。馬車には補給物資が積んであった。水樽、芋類、葡萄酒、干し肉……
「つまみ食いするなよ」初老の御者が注意する。するわけないだろ。
俺は四列目の馬車の左で護衛することになった。前を向いているが、左を向いて怪しい奴がいないか警戒する。その間ずっと俺の足は歩き続けている。
「きっつ」
たまらず弱音を吐いた。ただ歩くだけでこんなに疲れるとは思わなかった。
相変わらず周囲は、のどかな平原が続いている。
「このペースなら今日中に着くかもしれねえな」先ほどの御者がぼそりと呟いた。
「今日中?おい俺たちは何処へ向かっている?」
「はぁ?アンタ知らねえのか?……まぁ下っ端の雇われ兵なら知るわけ無いか」
「そうだ、聞いていたかもしれんが酒で忘れた」
「ブハハハ、冗談うまいなアンタ!酒の支給はまだ先だよ。まぁいい」
御者は現在の状況について詳しく教えてくれた。今回の戦いは侵攻戦であること。
八千の軍勢が敵方の城を攻囲中で、その援軍として各地の傭兵団を掻き集めており、俺達はその一つであること。
「傭兵って言っても単なる流浪集団の他に、地元の蛮勇どもで結成されたのもいる。アンタの隊長はどうだい」
「さぁ一度も会ってない」
「本当か?ここの隊列には四つの傭兵団が参加している。とすれば四人の団長が副長をしているはずだ」
「副長……あっ!!あの金髪碧眼の男か」
「だとしたらお前は
「ここじゃ有名か?」
「悪い意味で……といっても気味悪い意味でだ」
「気味悪い?」
「アンタのとこは略奪しないんだろ?そこが不気味なのさ、何を目当てに戦っているのか」
「他は違うのか?」
「全くだよ。傭兵というのは謂わば戦う事を条件に盗みを許可された本当にどうしようもねえ連中だ。窃盗は勿論、統制がままならければ占領地で暴虐の限りを尽くす強盗集団と化す」
「やけに辛辣だな」
「辛辣も何も娘が奴らに捕まってな。丸三日輪姦された後に発見された」
「……」
「傭兵っていうのは基本的に糞だ。金を払っても肝心の戦争じゃ、尻尾を巻いて我先と逃げやがる」
「それは酷い」
「あぁ、せめて頭数数えには役立って欲しいものだ」
ここで一旦会話が途切れた。やがて馬蹄音と馬の嘶きが彼らの日常となっていく。
「それで、さっき言ってた今日中に包囲している城へ着くかもしれないってのは本当か?」
「さっき敵兵がいただろ?軍隊とか戦術は詳しくないが、軍の輸送を長年やってたら経験則っちゅうモンが見えてくる」
御者のいう経験則とは、攻撃している敵拠点に近づくにつれ包囲から逃れた敵落伍兵がゲリラとなって、行軍中の自軍を小規模かつ散発的に攻撃してくるようになるのだ。
日が傾き始める頃、のどかな平原から小高い丘がポツポツと見かけるようになり、そして夕暮れ時に前方の兵士たちが何かに指を差していた。
「前進止め!!停止!!」
伝令が現れ、馬車を停めるよう駆けて行った。
「また敵襲か?」
「んなわけあるか、あの丘を見てみな」
御者が指さす方向に周囲より一際大きい丘があった。そして丘の中腹から頂上にかけて構造物が築かれていた。
「あれが城か。思ったよりも小さい」
「城と言うより砦に近いな」
敵拠点を眺めていた時、また別の伝令が現れた。
「馬車列の護衛はここまでだ。護衛兵は直ちに戻れ!!」
「って事だ。短い間だったが楽しかったぜ。ヴァール傭兵団の下っ端」
「下っ端言うなよ、名前はユータだ。珍しい名前だろ」
「あぁ聞いたこともない。俺はオラウ、これも縁だ。戦いが終わったらウチに寄って来い。娘はやらねぇが戦勝祝いに奢ってやるよ」
「それは楽しみだ。じゃあな」
彼と別れた時、夕日は地平線の彼方へ沈もうとしていた。
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