たちかわ悪霊退散キッズ

万波あすか

タイムストップボストンバッグ

1.田中圭子

 立川駅の南口から徒歩二十分の雑居ビル四階。その一室にたちかわ悪霊退散キッズのオフィスはある。

 看板を出しているわけでもなく、知る人のみが訪れる場所だ。

 オフィスにあるのは応接用に配置された向かい合う二つのソファと、その間に置かれたテーブルだけだ。

 見る人が見れば、天井や床の四隅にこっそり張られたお札に気が付くだろう。

 しかし、風景を映すだけの瞳には、そのオフィスはただの伽藍洞がらんどうだ。


 斉門怜司さいもんれいじはソファに寝転がり、エアコンを最低温度に設定したのち、スマホをいじりながら客を待った。終焉に近づきつつある近未来で美少女に世界を救わせるスマホゲームだ。

 ガチャを五十回まわし、とうとうお目当てのキャラが出なかった。

「……くそ」

 呟いたところで、インターホンが鳴った。


 田中圭子たなかけいこと名乗った彼女は、年は二十代前半ほどに見えた。

 タイトで清楚な白いワンピースを着て、彼女が手に持った鞄は高級革だろうか、身なりのよい女性だ。

「……あなたが、悪霊退治する人ですか?」

 圭子はぎこちなく尋ねた。

 戸惑いからだろう。

 無理もない。たちかわ悪霊退散キッズと名乗っていながら、怜司はキッズではないし、悪霊退治から連想する胡散臭い雰囲気も纏っていない。

 怜司が着ているのはクールビズ風のシャツとズボンで、頭髪はどの美容室でもリクエスト可能なごく普通の短髪で、容姿はなんの変哲もない、平均的な若い男性といった風だ。

 強いていうなら犬顔だ。


「僕が悪霊退散キッズの斉門です」

 怜司はわざとらしい長いため息をつく。

「……この仕事を始めた時、僕はうぶで一生懸命な駆け出しの祓い師だった。まだ十六歳でした。フレッシュさをアピールしたくて団体名に『キッズ』とつけたんです。

 それがどうです? 僕もあっというまに二十七歳です。時が経つのは早いです。

 同級生たちは社畜の生き方を知って人生に疲れ始めているころです」


 圭子は戸惑いがちな口調で「はぁ……」と言う。


「ここに来るまで迷いませんでしたか? 立川駅の南口から出ました?

 立川駅って厄介ですよね。北口と南口の違いがわかりません。あれは人を惑わせようとする構内です。遅刻を誘発しようとしています」


 駅の改札から出て、左右方のどちらが南口でどちらが北口なのか、案内板を見れば明らかなのにこの男はなにを言っているのだろうと圭子は思った。

 圭子の困惑を読み取ったように怜司は「はは」と笑う。

「すみません、つまらない雑談でした。

 ――さっそくですが、ご用件はなんでしょうか?」


 圭子は、ここ数週間で自身が経験した出来事について語り始めた。

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