Wish upon a
雲丹倉 ウニ
Wish upon a
階段を下りるたびに強まっていく
初めて聞く曲だった。
なのに、よく聞き
深い海に溶けるような心地良い
その
「これ、マコト先輩がサポート入ってる時の曲だ……。
自身を
このライブハウスで演奏されてきた歴代の曲が流れる受付を素通りし、スタッフ
そして突き当たったガラス
一人、
自然に、自然に、だぞ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は買ったばかりの
「おはよごまざす。はややん、はや、
自身の
目の前の彼も、目を丸くして、口元に手を当てたまま固まっている。
その表情は、
駄目だ。
出直そう。忘れられた頃に、また再チャレンジしよう。
いま強行したら、きっと俺のあだ名は、はややんになってしまうだろうし。
そう確信し、俺は今入ってきたばかりの
「どうぞ、続けて」
マコト先輩から初めて話しかけてもらったその言葉が、頭の中で
どうぞ、どうぞ、どうぞ。
続けて、続けて、続けて。
……続けて?
なんとなく
その言葉のニュアンスを、
だけど俺の身体は
くしゃくしゃとフィルムをはぎ、ボックスのフタを開けて、……
「へえ、その紙、抜かないんだ?」
黒く輝く瞳が、俺の手の中を
しくじってしまったのだろうか?
早く
えっ? えっ? と鳴くばかりだった。
そんな俺を見て、先輩の暗い瞳が、ゆっくりと細く
「
買ってないのだからあるはずがないライターを探して、俺はオロオロとポケットを裏返していく。
「あ、もしかして、ライター無くした感じ? なら、テーブルのかごにあるよ。いつも」
「あ、す。そ、そうでした。かごでしたね。いつも」
大丈夫だ、落ち着け!
自分自身に、
俺は、すでに通だと
あとは、自然にやればいいだけだ。
「おー、君、吸う前に
「えっ? え、えー……?」
「そうなんだー。確かに良いかもね。だってその煙草ってさ、ただでさえ……」
先輩の眼が
その瞳に、ちらちらとライターの
「
そうなのか!
俺はすぐさま
「そうなんですよねンゴブゥッ!」
初めての
「ギャハハハ! あぁ、もう無理! なにしてんの君?」
よく響く声で笑う先輩に、息も
「ンゥッ! ゴフッ……いや、今日、喉の調子悪いみたいで……、風邪かなぁ?」
見事なほど文字通りに、苦しい言い訳だ、と
「ふーん、そっかそっかー。じゃあさっ」
マコト先輩がいきなり
それに思わずひるんでしまった俺は、煙草も、煙草の箱までも取り上げられてしまった。
「いい機会だし、一緒に
「ええっ⁉ 俺まだ一本しか吸ったことないのに⁉」
しまった。
「ギャハァッ、ボロ出るのはえーな!」
笑い涙に
そこに
もう、取り
今日のためにずっと、ずっと準備してきたのに。
こんなにも一日をやり直したいと強く願ったのは、人生初めてだった。
「ねえ、この一本もらってもいい? 俺、ちょうど切らしちゃっててさ」
「え、いや、新しいのをっ、だってそれ」
言い終わる前に、優しい
もったいないじゃん。
そう言って俺の煙草を吸い、
そんな先輩の視線が、俺の全身をゆっくりと
その瞳に、見入ってしまう。
深い黒色なのに、キラキラした、夜空みたいな瞳の輝き……は、さすがに
先輩の瞳の輝きは、ステージの
思ってすぐ、あまりにも安っぽい
俺が言葉を知らないだけで、本当はもっと良い例えがあるのだろうけれど、でも、俺は蓄光テープの明かりが大好きだ。
だけど、確かに
そんな光が
そして、もう一口煙草を吸うと、空気にほどけていくような声とともに、煙を
「金髪マッシュに、左耳に黒い星の
ああ、やっぱり、気付かれていた。
その単語一つ一つに、
そして、マコト先輩が首を
「どうして君は、四年前の俺のコスプレなんてしてんの?」
柔らかな笑みに、優しい声だった。
それなのにどうしてか、
仕方なく、俺は、
「正直に申し上げますと、
そう言って先輩は、ぎゃはぎゃは、と笑った。
笑いのツボにハマった小学生男子のように無邪気に、ぎゃはぎゃは、と。
「ひー、ごめん。ずっとアセアセしてたくせに、急に
君のコスプレは間違いが二点あるんだなー。
そう言ってマコト先輩は、自分の煙草の空き箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
「俺の煙草は箱が
二つの煙草が並ぶ。
淡い色合いの俺の煙草が、なんだか先輩の2Pカラーみたいで、ちょっと
「もう一点の違いはね、俺、パーカーは着ないんだよね。惜しかったねー!」
先輩の手がフードを
俺は、
羞恥と嬉しさと、逃げ出したさを噛み殺しながら、呻くことしかできなかった。
「とりあえずさ、今日終わったら飲みいこ。えーと、ソウタ!」
喫煙所のガラスに貼られたシフト表を見て、マコト先輩は初めて俺の名前を呼んでくれた。
そのガラスに、
先輩と、金髪マッシュにしただけの俺が。
過去の先輩の、
2Pカラーなんて、おこがましい。
憧れとの間には、やっぱり、遠い遠い
それが本当に、
―★ ★ ★――★
もうすでに、かなりの
「先輩の演奏は最高です! 空気が変わるんです。一気に、先輩
「せ、世界一?
「あと、
あと、あと、あとは。ああ、俺は、あと何を伝えられていないだろう。
どう言えば、胸の中の思いを伝えられるのだろう。
……のだけど、頭までのぼせてしまって、言葉がガチャガチャになってしまうんだ。
「先輩のいたバンドが解散したとき本気で泣いたし、それから四年間、先輩はサポートでしか演奏されてませんけど、サポートなのにその曲の世界観が、マコト先輩のになっちゃうから、本当に凄くて……、ワールドオブマコト現象って、俺は呼んでるんですけど」
「ワ、ワールドオブマコト⁉」
酎ハイを
でも、先輩の凄さは、笑い事ではないのだ。
「ワールドオブマコト! 先輩の
「ギャハハハ! 最強イエー!」
「……! イエー!」
先輩にハイタッチしてもらえた。
その喜びのままに俺は、煙草に火を着ける。
「ンゴブゥッ!」
「ギャハハハ、もぉ、ソウタ煙草やめろって! あってないんだよ、身体に!」
煙を吸ったからか、アルコールの回った頭が、余計に回ってくる。
クラクラ、チカチカと。
「ゴホッ! すみません……、もしかしたら吸い慣れたかと思ったんですけど……」
「二本目で⁉ そんなわけないじゃん! ギャハハ」
涙で
いかにも自然に、当たり前のように、毒を吸っていた。
酒の酔いも相まって、なんだか本当に、別世界の人のよう。
「凄い。チェーンの
「なんだそれ。まあいいや。安い居酒屋は最強! 最強イエー!」
差し出されたマコト先輩の白い手のひらと、
これが、どんなに嬉しいことか、酔った頭でも伝えられるだろうか。
「俺、ずっと前から、マコト先輩のライブ
先輩が、ジョッキから口を放す。
「え、んー、なんでかなー。……あ、最強になっちゃったから?」
なるほど。さすがだ。
先輩はきっと、新たな
「すげー……ッ! マコト先輩、最強!」
「最強イエー!」
繰り返されるハイタッチで、マコト先輩の手のひらは赤みを
「んゥー、地味に痛ぇー。ソウタって、意外と力強いよね」
そう言って手をさすりながら、先輩は潤んだ目を細めた。
黒い瞳の上で、蓄光テープのような、ほのかな輝きが揺れている。
俺の大好きな、ずっと見てきた光。
「俺……、先輩がステージから
「えー? さっきから持ち上げすぎだろー。いつ落とされるのか、こえーわ」
「いや、本当にですよ。俺が
ステージ上の先輩は、なんというか、
仲間とバンドを組んでいた頃も、ずっと独りだった。
そして、その光を吸収した瞳が、暗闇の中で
その
この世から
同じものを見ている人がいる。
暗闇のどこかに、俺達でも生きていける世界がきっとあると、示してくれるんだ。
「俺は、先輩みたいに、自分の世界を持ちたいんです。その世界に惹き込んで、求めあえる人たちとだけ、生きていけるような世界に、俺は……、えっと」
なんて言えば、伝えられるだろう。
先輩は、俺の世界です。
あなたの世界でだけ、俺はただ静かに
先輩のライブを聞いた夜だけは、俺、死んだみたいに自由に生きれるんです。
酒に
だけど、言っても伝わらないだろうけれど、なんか、的を
さすがに、言えないけど……。
「俺も、先輩みたいな、世界を持ちたいんです」
「うわー、なんだ、お前、やめろー! ……まぶしいやつだなー!」
マコト先輩が、両手のひらで顔を
「ちょっとやめてくださいよ。
「いや、普通に恥ずかしがれよ! わぁー、もぉー……。わぁーだよ、お前。顔あっつ」
そう言って、手のひらで顔を
「お前、俺の世界から
えぇぇぇっ! ひどい!
「えぇぇぇっ! ひどい!」
俺は
「先輩の世界の中でだけ、俺は、俺の思う俺で
心のままに
うるさーい、声でかーい。そう笑って、
「お前みたいなやついたら、俺の世界のほうが
口元に当てたジョッキの中で、先輩の声がこもって響いた。
「そんなわけないじゃないっすか! だって、先輩は、最強、でしょ!」
ハイタッチに備えて、右手を振りあげる。
だけど先輩は、ジョッキを置かなかった。
「あんまり俺のことばっか見てちゃダメだぞ。ソウタは、ソウタだぞ」
「? ……大丈夫っす!」
大丈夫。俺は瞬間的にそう確信したのだ。
「いやわかってないだろ、お前ー!」
まじめに! と先輩が顔をしかめる。俺は、大丈夫じゃなかったのかもしれない。
「人はさ、見てるほうへと進んじゃうもんなんだよ。だから」
「あ、なら、やっぱ大丈夫っす」
ああ、よかった。俺の確信は間違っていなかった。
「俺、先輩のこと見てます。俺、先輩のいるほうに行きたいから!」
そう言うと、やっと先輩はジョッキを手放してくれた。
「うわぁ! こいつ! うわー! まじで恥ずかしいやつゥー! このっ!」
先輩が、大きく右手を振り上げる。
俺も喜んで、振り上げたままだった手を、先輩の手と打ち鳴らした。
「最強イエー!」
「痛……。え、いった……。お前、つえーんだよ、さっきから、ソウタぁー!」
涙を
ったく、まぶしいやつだぁ。
そうつぶやいた先輩の潤んだ瞳が、その光が、いつもより
大丈夫だと、俺はもう一度確信する。
俺が見ているのは、先輩だから。
先輩は、暗闇の中で導いてくれる、淡い光だから。
それは、安心の明かりに似ているのだから。
俺の大好きな、蓄光テープの明かりに。
―★ ★ ★――★
デザートの
すげー……。先輩かっこいいー……。
俺は
ごちそうさまでした。
「お
自動ドアの外で待ってくれていた先輩が、笑っていた。
「へへ、先輩、ごちそうさまでした。俺、まじで楽しかったです。本気で
酔いと、こそばゆい
都会の夜の空気を鼻から思いっきり吸い込み、頭を
もう少しだけ先輩といたいな。
カラオケとかいけないかな。先輩の歌、聴いてみたい。
どんな声で、どんな想いを歌うのか、聴いてみたい。
たぶん、柔らかな響きの、よく
「いやー、ソウタさ。今日、ありがとな」
想像してた音色に近い声で、先輩が言った。
だけど、お礼を言うのはこっちだ。
言っても言い切れないくらいなのに。
「そんなっ、こっちの
「いや、まじで結構、こっちのほうがありがとうなんだわ」
先輩は気持ちよさそうに
「ソウタのおかげでさ、俺、やっと動けそう」
先輩が笑って俺を見る。
その目は、やっぱり、いつもよりも強く光って見えた。
胸が
やったー! 俺が涙ぐんでそう叫ぶよりも先に、先輩が口を開いた。
「ソウタの目ってさ、なんか、ずっと見ちゃうよな」
突然のお
「ちょっと先輩、いきなりなんですか。やめてくださいよー!」
それでも先輩は、柔らかに目を細めながら、俺を見ていた。
「波打つ
キラキラしてて、まぶしいのに、ずっと見ちゃう感じがさ。
先輩はそう続けると、暗い空に向けて、紫煙を吹くようにゆっくりと息を吐いた。
「ソウタの目を見てて気づけたんだ。俺、だいぶ
沈んだぶん、上がるのは大変なのに、ただただ沈んでた。
「遠いなー。もう戻れないなー。そう思って、初めて気付けたよ」
先輩の黒い瞳は、
だけどその瞳の上では、光が、
その光は、反射した俺だった。
悪い予感が、喉を塞いで、言葉が出てこない。
騒がしいはずの街が、音を失ったように静かに感じる。
俺は、長い一瞬を、ただ見守ることしかできなかった。
「ああ、ごめんごめん。これはさ、いい話なんだよ、ソウタ」
なんか、変な言い方しちゃったな。そう笑う先輩に、俺は心底
「もぉーっ! いきなりのワールドオブマコトやめてくださいよ! 急に
「あはは。ごめんって。なんか、ちゃんと聞いてほしかったんだよ。その……」
あの、実はさ、俺……。口をまごまごとした後に、先輩は少し目を伏せた。
「喫煙所にソウタが踏み込んできた時、ちょっと泣いたんだよね」
ちょっとだぞ、ちょっとだけ。
「四年前の俺に憧れてくれてる子がいて。そんな子が勇気を出して動き出した姿を見て。
先輩は停滞なんかしてないです。腐ってなんかないですよ。
心の底から、そう言いたい。
だけど、本心なのに、口に出せば
「でもさ。ソウタと一緒にいたら、気持ちがどんどんと動いて、決断していけたんだ」
穏やかな声で、前向きな言葉で、マコト先輩は言う。
もう以前には絶対に戻れないんだって、しっかりと分かった。
それに、俺を見てる子がいるのなら、沈み続けてもいられないなって、心も決まった。
そして、ソウタを見習って俺も踏み出さないとって、思い切れたんだよ。
「行きたいと思える世界が、俺にもあるんだから」
先輩は、くしゃりと笑った。俺もどこか安心して、つられて笑う。
そして、聞き流しかけた先輩の再出発の目的地に、俺は細めた目を見開いた。
「世界……? 世界って、え、まさか……、海外行っちゃうんですか⁉」
先輩は、いたずらっぽく笑う。
「あはは、良い
俺は、心のままに
やっぱすげぇー! いきなりの一歩の
「ワールドオブマコトオブマコトオブワールドになるんですね!」
「え、なんて?」
「ワールドオブマコトオブマコトオブワールドになるんですね!」
「よく噛まずに言えるな?」
本当に嬉しくて、楽しい。
だから、やっぱり
あと、どれくらい、先輩は俺と一緒にいてくれるんだろう。
「先輩、いつ行っちゃうんですか?」
「んー、明日には
「え⁉ 先輩、明日のシフト入ってませんでしたっけ?」
「そこは、ソウタがいるから大丈夫でしょ? 頼むぜ!」
えー、急に
そうふざけながらも、俺の中で寂しさは
本当に、この人間社会から
ああ、この人は行ってしまうんだ、とわかってしまった。
「ああー、でも俺、やっぱ寂しいですよー。先輩とやっと話せたばかりだから……」
水を差してしまうけど、でも言わずにはいられないくらい、思いは強まっていた。
「先輩、日本にはいつ頃に戻ってきてくれるんですか?」
「んー。……あ、お盆とか帰れるのかも?」
「えっ、海外って、お盆無くないですか? え、あるんですか?」
んー、どうだろねー。先輩は、そう困ったように笑った。
「まあ、いつかは、ソウタのほうが来てくれると思うけど」
ええ⁉ 俺、海外出る予定ないですよ⁉ 英語も話せないし、演奏もまだ全然……!
急に大変な目標ができて
「ゆっくりでいいよ、ソウタ。できるだけ時間を掛けて、ゆっくり来なよ」
そう言って、先輩は、右手を軽く
それは、ライブ中に、ステージの上で
そして、少し目を
「ソウタ。その俺のコスプレなんだけど、もう一点、足りない物があるんだよね」
そう言って、先輩はその白く細い指から、黒い星の指輪を
「この指輪。これだけは俺、ステージで
知っていた。
俺が指輪をつけなかったのは、
指輪を額に当てて、その星に祈りを込めるような、先輩の
それは俺の中では、もはや
「指輪は、わかっててつけれなかったんです。その指輪の星に祈るような先輩の姿を、俺、すごく大切に感じてて、なんというか、先輩だけのものであって欲しかったから」
そっか。なんか、照れるぜ。先輩は、そう笑う。
「なら、よかったよ。ソウタ、これ、もらってあげて」
ええ⁉ 俺、先輩だけのものであってほしいって言いましたよね⁉
そう言おうとしたのに、声が出なかった。
先輩の細い指が、急に俺の指に触れたから。
「……あれ? ソウタ、意外と指しっかりしてるね……。入らない……。あれ……」
先輩が俺の中指にはめようとした指輪は、他の指をうろうろとした後に、
「あー、薬指か……。まぁ、右手だし、いっか。ね?」
俺の手に触れたまま
「
これはいただけません。俺は、先輩のあの姿が、好きなんです。
これからも俺は、あの先輩の仕草を見ていたいんです。
今度はちゃんと声に出して言えた。
なのに先輩は、まるで聞こえていないかのように、ただ静かに微笑んでいた。
そして、俺の薬指を、星の指輪を額にかざして、先輩は目を伏せる。
「ソウタはソウタのまま、生きろよ」
俺は、何も答えられなかった。
ソウタ、返事は? 先輩がそう言うものの、声が出せない。
なんだか世界が、やけに
それに
マコト先輩が、穏やかな声で続けていく。
「お前は、落としたもんばっかり見て、沈んでくなよって言ってんの」
俺は、話せないぶん、頷いた。
先輩も、小さく頷いて、答えてくれた。
「無くしたもんばかり見てると、お前も無くなっちゃうんだからな」
俺、それだけは、嫌だからな。
そう言って先輩は、伏し目がちな黒い瞳のまま、俺を見た。
その瞳に、光はない。
俺の好きな安心の明かりは、俺の手の影に呑まれていた。
「ソウタ、返事は?」
先輩が、穏やかな笑みのまま、
一瞬たりとも、迷いはしなかった。
俺はすでに、導きの
『人はさ、見てるほうへと進んじゃうもんなんだよ』
真剣に俺を思ってくれた先輩の言葉が、胸の奥でほのかに光っている。
暗闇の中で、淡く、だけど確かに、俺に答えを示してくれていた。
「大丈夫す。俺、先輩のこと見てますから! どこに行っても!」
声が震えないよう、強く言い切った。
「……ソウタ。……本当にわかってないなー、お前ー!」
でも、俺の答えは、間違っていないと確信している。
先輩の瞳が今、
「まあ、もうそれでもいいや。……じゃあ、見とけよ! ソウタ、俺は上にいくぞー!」
先輩が夜空を指さして、気持ちよさそうに声を張った。
「はい! てか、俺の中ではすでに先輩が頂点です! 先輩は、最強ですから!」
「いいねー。じゃあ、ソウタ、
「え、やったぁ! はい!」
「ソウタって家どこなの? そっち
「え、いいんですか⁉」
「うん、特別な!」
自宅の
俺は
先輩、あの、カラオケとかどうですか? 俺、先輩の歌聞いてみたくて……。
だけど、先輩は隣にはいなくて、
助手席に座って、
なんとなくそう思っていると、先輩はお金だけを渡して、扉を閉めてしまった。
「え、え、先輩?」
慌てて、窓を
「え? 先輩、行かないんですか? 二次会」
先輩は、静かに微笑んで、俺を見ていた。
「ソウタ」
そう俺を呼んで、少しだけかがむ。
その瞳は、俺の瞳を見ていた。
先輩の
都会の照明、車のライト。反射してる俺。
気づくと俺は、俺の知らない
色々なものが合わさって揺れていて、さざ波のように光って見えた。
キラキラしてて、まぶしくて、ずっと見ていたくなるような
そんな明かりに照らされて、自分は暗くて深いところにいるのだと気付いてしまった。
まぶしく揺らめく水面との距離が、
手を伸ばすことすらも、
届かない。あまりにも遠い。あそこには、二度と戻れない。
そうわかってしまったら、あとは、もう
「沈むなよ、ソウタ」
先輩の声に、我に返る。
先輩が優しく目を細めて、もう星のない中指を、額に当てた。
「俺、それだけは嫌だからな」
返事は? そう言う先輩の声にかぶせるようにして、俺は答える。
「大丈夫です。俺は、先輩のことを見てますから」
そっかそっか。と先輩は笑う。
そして、夜空を指さした。
「俺は、上にいるからな」
おやすみ、ソウタ。
その言葉を合図に、タクシーが動き出した。先輩と、離れていってしまう。
俺の好きな先輩の世界が遠のいて、
だから俺は、薬指の星を額に押し当てて、
「マコト先輩ッ、最強イエー!」
先輩みたいな神聖さの
それもすぐに、
だけど、俺は、届いたと感じていた。
夜の街に
― ――★
あの二日後に、俺は、マコト先輩の旅立ちと、その行き先を知った。
そして同時に、
そんな思い出も、もう四年も前のことになる。
今や、俺の
あれからマコト先輩は、ずいぶんと遠いところへ行ってしまった。
もう、このライブハウスで演奏するようなことは絶対にない。
そう断言してもいいくらい、遠くて高いところへ。
いけないと思いつつも、俺はまた
憧れの人との、一夜
年月が
「おは、おはざます」
ふいに扉が開いて、急に意識が引き戻される。
今日はステージがないから早番は俺だけのはずだった。他のスタッフが出勤するにも、まだかなり早い時間で、だから、完全に気を抜いてしまっていた。
「はややん、お疲れしゃまです」
俺は、目を
金髪マッシュに、左耳に黒い星の三連ピアス、黒いトップス。
マコト先輩。
そうつぶやく声を、直前で
歩く彼の首もとにはフードが揺れており、着ていた物はパーカーだった。
それは、八年前のマコト先輩ではなくて、マコト先輩に憧れていた四年前の自分の格好だった。
彼は、目を見開いて固まる俺に戸惑ったのか、一緒に固まってしまっていた。
「ああ、どうぞ、続けて……」
思わず
あの日の記憶が、
マコト先輩の声が、表情が、はっきりとよみがえってくる。
『実はさ、俺、喫煙所にソウタが踏み込んできた時、ちょっと泣いたんだよね』
ちょっとだぞ、ちょっとだけ。
記憶の中の先輩に、俺は答える。
そうですね。これは、泣きますよね。
震える口元を
彼は、マコト先輩とも、俺とも違う、青緑の箱の煙草を取り出した。
そして、ライターを忘れたらしい彼に、俺は火をやった。
「……グエッホッ!」
「ギャハハハ!」
大げさに笑いながら、俺はこぼれる涙をぬぐう。
「もお、何してんのさ、君ー!」
俺は困ったような振りをして、天を
『人はさ、見てるほうへと進んじゃうもんなんだよ』
そうか。この子は、俺を見ているのか。
それなら俺も、導きの灯火を
マコト先輩のように、暗闇の中でほのかに光って、確かに導いてくれる明かりを。
『あんまり俺のことばっか見てちゃ、ダメだぞ。ソウタは、ソウタだろ』
大丈夫です。だからこそ、俺は、ずっと先輩のことを見ています。
俺は、俺の光を見て、暗闇の中で光りますから。
同じものを見ている人がいる。
少数でも、同じ救いを求めている人がいる。
暗闇のどこかに、生きていける世界がきっとある。
そんな光を、俺はたっぷりと
だから俺は、遠くで
「よし、一緒に禁煙しよっか!」
彼から煙草を
そこには、海に溶けていくような心地良い
ライブハウスには、あの日と同じ曲が流れていた。
Wish upon a 雲丹倉 ウニ @unikurayoyo
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