第3話 物語を奏でる音色

 窓辺から遠くの景色を見ながら、少女はデッサンを始めた。

とても人様に見せられる絵ではなかった。


 白紙の紙の上には、鉛筆の黒いラインが走っている。

砂浜と海が描かれていた。


弓なりに曲がった岸辺の先は高く隆起していた。

浜の砂色とは対照的な鮮やかな草色に覆われていた丘。


 浜に寄せる波が飛沫を上げ結晶のように空間に散る。

少女はデッサンの横にメモを書いた。


 塩のような飛沫がキラキラと輝いている。



   ⬜︎⬜︎⬜︎



 少女の兄は、横で読書をしていた。

紙の上を滑る鉛筆の音が波のように兄の耳元に届く。


「お兄ちゃん、鉛筆ある」


 兄は、少女に新しい鉛筆を渡した。


「お兄ちゃん、ありがとう」


 少女は、デッサンを再開して、草色の部分の上に白い灯台を書いた。

兄は横から絵を覗き見して、質問をした。


「それ、なに」

「灯台よ」


「灯台、見えないけど」

「これ、イメージよ、お兄ちゃん」


「そうなんだ」


 兄は、妹の想像力に惹かれていた。


「次は、何を書くの」

「うん、海の向こうに高い山を書くわ」


「どんな山」

「うん、雪に覆われた高い山よ」


 兄は、少女が書いた高い山に驚く。


「その山、何処かで見たの」

「うん、よく夢に出てくる山よ」


 兄は、少女の話から前世夢を想像した。


 少女は、高い山の絵の上にメモを入れた。


「そのメモは、色」

「あとで、思い出せるようにね」



   ⬜︎⬜︎⬜︎



 少女のデッサンには、いくつもの色のメモが書かれている。


「由美は、なんで、メモを入れるの」

「あとで、物語を書くためよ」


「そうなんだ、由美は色のある物語を書きたいの」

「そうよ、お兄ちゃんだって、色白じゃないでしょう」


「そうだな、浅黒い男と言うところだ」

と言って、兄は苦笑いをしている。



   ⬜︎⬜︎⬜︎



 十六歳になったばかりの由美は、色白で黒髪が輝き天使の輪が広がっている。

背丈は女子高生の平均身長くらいで低くも高くもない。


 部屋の窓から春の暖かい日差しが入って、由美の手を温めた。


「由美、そろそろ、お昼にしないか」

「お兄ちゃんは、何を食べたい」


「昨日、コンビニで買ったショートケーキ、冷蔵庫にあったよね」

「ごめん、夜中に食べちゃった」


「そう、じゃ食パンにするか」

「いいわ、私、買いに行くわ」


 少女は、ブルージーンズに黄色のブラウス姿で玄関を出て行った。



   ⬜︎⬜︎⬜︎



 兄は、少女を見送り、少女のデッサンを見て呟く。


「こんな都会の窓から海を書くんだから凄い想像力だな・・・・・・」


 遠くには、白いマンションが見えている。

山も無ければ海もない色のない殺伐とした都会の風景があるだけだった。


「ただいま、お兄ちゃん」


 由美の黄色い声が、やまびこのように部屋の中にこだました。

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