不適切言語撲滅法
秋犬
パジャマ着てミルクセーキ飲む時代
私のおじいちゃんはテレビが好きだ。いつもソファにゆったり座って、昔の映画やドラマを有害認定サブスクチャンネルで視聴している。私はおじいちゃんが好きなので、いつもおじいちゃんの隣に座って映画を見せてもらっている。
「ねえ、その映画止めてって言いましたよね!」
ママがおじいちゃんのところにやってきて、金切り声をあげる。おじいちゃんの見ている映画は有害コンテンツに指定されていて、18歳以上でないと閲覧できないことになっている。
「マキカももう16歳だ、いつまでも『おかあさんといっしょ』というわけにはいかないだろう?」
「何を言ってるんですか、この……嫌だわ、生命活動停止の場面ばかり出てくる映画を見て何が面白いんですか? それに、とても卑猥で暴力的な言葉ばかりじゃないですか。マキカのためになりません!」
するとおじいちゃんはママを睨み付ける。
「そんな不抜けた童貞野郎ばかりのコンテンツの何が面白いと言うんだ。映画を観てみろ、戦争が、人の生き死にが、生き様があるんだ!」
「ああ、その言葉はやめてください! 耳が腐ってしまいそう!」
ママはおじいちゃんの乱暴な言葉を聞いて耳を塞いだ。顔色が青白くなって、過呼吸を起こしそうだ。
「ママ、私なら大丈夫よ。これは歴史のお話だから、しっかり見ないといけないの」
「歴史の勉強なら教育番組を見ればいいじゃない!」
「だって、ベトナムで戦争があったなんて誰も教えてくれないんだもの」
「知らなくていいのよ、アナタは!」
ああ、ママっていつもこうなんだ。勉強しろってばっかり言うのに、私が勉強しようとするとアレはダメコレもダメってうるさいったらありゃしない。
「マキカ、アナタもそんな人の生命活動を止めるような卑俗な動画ばかり見ていると、生命活動を止められてしまいますよ」
「ママ、私は大丈夫だから……」
ママはおじいちゃんの手からリモコンをひったくって、テレビのチャンネルを変えてしまった。ジャスティスニュースの時間だ。
『ニュースをお伝えします。不適切言語撲滅法に本日新たな言葉が追加されました。生命活動停止の表現として鬼籍に入る、無言の帰宅、変わり果てた姿、身罷るなどが使えなくなります』
ああよかった、生命活動停止の言い換えは皆熱心で、クラスで「キセキになれ!」「無言で帰れ!」など酷い言葉を使う子達が多かったから少し安心ね。でも今回も「おかくれ!」はなかったな。思い出すだけで気分が悪い。早く禁止してほしいな。
『続きまして、関連ニュースです。不適切言語撲滅法の施行に伴い、各地の再教育プログラム研修センターの利用者数が過去最多となりました。このセンターはどうしても不適切言語をしようしてしまう老年層のために設置された、強制プログラムセンターです……』
ママは勝ち誇ったようにテレビを指さして言う。
「ほら見てください! お
「何もそんな鬼の首を取ったような顔をしなくても」
「おお嫌だ! 老害の言葉遣いは野蛮で嫌だわ!」
そう言うとママは顔をしかめて部屋を出て行ってしまった。これ以上おじいちゃんの言葉を聞きたくないそうだ。テレビではまだニュースが流れていた。
『次のニュースです。今年生まれた子供の数が昨年より微増し、保育園の更なる充実を求める声がたくさんあがっています』
画面の中の子供たちは鬼ごっこをしているようだった。ニュースを読むアナウンサーの後ろから、こんな声が聞こえてきた。
『イーニーミーニーマイニーモー! 虎の爪先を掴まえろ! 吠えたら離してやろう! イーニーミーニーマイニーモー!』
するとおじいちゃんが嫌そうな顔をした。
「全く、不適切言語だか何だか知らんが、肝心の歌を禁止しないで余計なことばっかり残しておくんだから……知らないとはなんと恐ろしいことか。知るものも知らんで、何が不適切だ」
私はおじいちゃんが不機嫌になった理由がよくわからなかった。
「ねえ、どうしてこの歌はダメなの?」
「それじゃあね。歴史の勉強をしよう。この映画は貴重だよ、こんな大きな円盤見たことないだろう?」
そう言って、おじいちゃんはテレビに何かの機械を繋ぎ、その中に円盤を入れました。これらはレーザーディスクというらしい。
「おじいちゃんの時代だってなかなか手に入らなかったんだぞ」
古い映画が始まった。タイトルは『南部の唄』というらしい。印象に残る素敵な歌や可愛いアニメーションが今見ると画期的だ。おじいちゃんによると、この映画はこのディスクでしか見ることができないらしい。生命活動停止なんかない、『おかあさんといっしょ』みたいな映画なのにな。一体大人は何がしたいんだろうね。
〈了〉
不適切言語撲滅法 秋犬 @Anoni
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