鬱小説の悪役令嬢ですが処刑エンドはお断りします。

雪鞠

第1話 バラバラ死体はお断りします。


「聖女ルリアナの帰還」


 誰からも愛される聖女、ルリアナが2人の男主人公から愛される異世界ファンタジー小説だ。


 純粋で可憐なルリアナをめぐり、帝国の君主である皇帝と、小説の中で屈指の軍事力を誇る公爵たちが織りなす美しき恋愛模様が多くの読者を魅了した。


 しかし徐々に物語の雲行きが怪しくなり、最終的には暴君皇帝がルリアナを独占するために片足を切り落として監禁。ルリアナに近づく男は皆殺されるという救いのない鬱展開で幕を閉じた。


 私も当初は大好きで楽しみに読んでいたが、あまりの結末の酷さに、「こんな終わり方は誰も救われてません」とコメントを残したくらいだった。


 大好きだっただけに数日間ショックで寝込んでいたが、流石に空腹に勝てずコンビニに行こう家を出た瞬間ーーー


 …どうやら車に轢かれたらしい。


 大好きな小説の結末はクソだし、ジャージ姿のまま轢かれて死んだのも最悪だった。


 でも一番最悪なのは…


 私がその鬱小説の悪役令嬢、シルフィア・オルフェシアに転生してしまったことだ。


 漆黒の髪は、光は光に照らされると妖しい輝きを放ち、瞳は真紅の薔薇のように紅い。鏡に映るのは、紛れもなく小説に登場した「シルフィア」だった。


「なんでよりによって…」


 鏡に映る自分ではない自分を見ながら涙を浮かべる。

 その理由は、シルフィアが嫉妬に狂いルリアナを虐げ、暗殺を企てて返り討ちにあい、最後は皇帝の手によってバラバラにされる運命。


 死ぬ未来しか待ってない人物だからだ。


 その時、扉がノックされ、ひとりのメイドが部屋に入ってきた。


「シルフィア様、お目覚めでしたか。お支度を手伝います」


 小説の熱狂的ファンの私にはわかる。彼女はシルフィアの専属メイド、ローエンだ。


 ローエンは常にシルフィアに従順なメイドだった。

 小説内ではシルフィアから聖女に毒を守るように命令され、その命を落としていた。


「普段は私が起こしてもなかなかお目覚めにならないのに、今日はお早いですね。もしかして、今日が楽しみで眠れなかったのですか?」


「え、今日? な、何かあったかしら…?」


 突然シルフィアになった私には「今日」がどんな日なのかなんてそもそもわからない。だがなんとなく嫌な予感がした。


「まあ! あんなに楽しみにされていらっしゃったのに! 昨日はアクセサリーの準備や髪型までしっかり決めたではないですか」


 この小説は主人公であるルリアナを中心に展開される小説だった。そのためシルフィア目線の話はほとんど書かれていることはなかった。

 小説内のシルフィアはひたすらルリアナを虐めたおす悪女でしかなかった。


「今日は婚約発表の舞踏会ではないですか!」


ローエンが掲げた封筒には金の装飾があしらわれており、いかにも豪華だ。そして中心にあるのはライオンを模した家紋。


皇家の紋章。


そこで私は思い出した。

小説では中盤でバラバラにされたシルフィアは、現皇帝であり暴君ーーーセドリック・フォン・アドリアヌスの婚約者だった。



***



侍女たちが慌ただしく、舞踏会の支度を整えていく。


(今日は婚約発表当日… どうしてもう少し前に転生できなかったの!)


異世界ものなら、産まれたての赤ちゃんから転生するケースもある。

私もそうだったら、婚約を取り付ける前に軌道修正できたのに…。


シルフィアはオルフェシア伯爵の一人娘であり、幼少の頃から我儘に育てられた。

一介の伯爵令嬢ごときが、皇帝と婚約などそもそもありえない話だった。


しかしそれを可能にしたのは、オルフェシア伯爵家の財力と手腕だ。

オルフェシア家は帝国の8割の物流を担い、落ちぶれかけた家をシルフィアの父親が復興した。


今やオルフェシアは帝国の財政の要であり、皇家ですら顔色を伺う程の権力を持つ。


現当主のアルバート・オルフェシア伯爵は一人娘を大層可愛がり溺愛し、娘が片思いしていた皇太子に婚約を取り付けた。


そして、皇帝が退位して皇帝となった今、婚約を発表することとなった。


 原作小説で皇帝はシルフィアを心底嫌っていた… いや、憎んでいた。


 婚約発表の場面は小説には出てこなかった。

 つまり今は聖女が登場する前のため小説が始まる前ということ。


(まだ生き残るチャンスはある!)


 ルリアナを虐めてもいないし、婚約も公にしていない。

 今ならまだ間に合うはずだ。


「ローエン、お父様に会いたいのだけれど?」


娘を可愛がる父親に頼んで、なんとか婚約を破棄の流れを作ろうと思ったが…


「旦那様は、急な仕事で隣国に行かれていますよ? 婚約発表の姿を見られないと、とても残念がっていたではありませんか」


「え、舞踏会には間に合わないの!?」


私が立ち上がると、周りの侍女たちが焦って手を引っ込めた。


「恐らく難しいでしょう。隣国との取引が佳境らしく、旦那様も悲しんでおられました」


これでは父に頼んで、「我儘娘の気まぐれでした!」で丸め込む作戦は無理だ。


「お嬢様、当日になってご不安なのですね。昨日はあんなに嬉しそうにされていたのに…。婚約と言っても、直ぐに結婚して家を出るわけではありませんから、焦らなくて大丈夫ですよ」


ローエンは労わってくれるが、私は手汗が止まらず不安が顔に出ているだろう。


「ほら、ご覧下さい! 帝国で最も輝く星であるお嬢様なら、何も心配はいりません!」


侍女たちが等身大の鏡を持ってくると、そこには夜の海に星を散りばめたようなドレスを身にまとうシルフィアがいた。


「きれい…」


自画自賛にしか聞こえないだろうが、まだ自分という実感もなかったため思わず口から零れてしまった。


周りは皆「お美しいです!」「帝国でお嬢様より美しい方はいません!」と必死に褒めたたえる。


最後にローエンが冠の髪飾りを付けてくれる。


「旦那様がおっしゃっています。お嬢様は誰の目も気にせず、思うままに振舞っていいのです。それが許されるのがオルフェシアの力です!」


(そんなことばっかり言うから、シルフィアは我儘で負けず嫌いの悪役令嬢になるのよ…)


そう思わずにいられなかったが、お陰で私も勇気が湧いてきた。


「ありがとう、ローエン。そうよね、全部私の思う通りにやるわ」


ーーーバラバラにされて死にたくない、だから決めた。


どうせ悪役令嬢なのだから、殺されないように我儘で婚約破棄して、この贅沢三昧で幸せな転生ライフを満喫してやる。


(まずは男主人公と関わらない所からね。危険人物は3人…)


今日の婚約発表で、そのうちの一人を片付けてしまおう。


鏡の中の悪女は、漆黒の髪を靡かせ、自信たっぷりの笑みを浮かべていた。

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