1分で読めるショートストーリー集
桜庭 結愛
永遠の恋人。
――今日も旦那と喧嘩しちゃったんだ。
もういないやつのことは話すな、って言うの。誰のことだろうね、私はいる人の話しかしていないのに。
頭おかしいんじゃねーか?っていつも言われる。おかしいのはあなたの頭と神経だよ、ってね。面と向かっては言えないけれど。
なんでこんなにも私が怒られるのだろう。何かしてしまったのだろうか。旦那がいるのにも関わらず、忘れられない人がいるのがそんなにいけないことなのか。
分からない。私にはあなたのことが理解できない。あなたも私のことは理解できないよね。だって、あなたの言う「死んじゃった元彼」は私の目の前にいるから。ほらね、あなたは何も分かっていない。私の気持ちも、私が感じている温もりもなにもかも。
――それなら離婚してくれればいいのに。
私は別に好きで結婚したわけではないから。自分の両親にだけはいい顔して、私には怒鳴りつける、その扱いの差が私には耐えられない。上から降ってくるあなたの鋭い言葉が、私の頭に刺さって離れないんだよ。痛くて、痛くて。――そんな気持ちもあなたには分からないかもね。怒鳴ることはしんどいんだ、ってあなたはいつも言うけど、私もあなたの気持ちは分かってあげられない。一生分かり合えないんだよ。
それなのに、初めて私の実家へ連れて行ったときは、丸みを帯びた声で、一生大切にするって宣言していた。覚えてる?あなたが唯一私に笑みを向けてくれたときのことを。唯一手を握ってくれたときのことを――
――もうしんどいよ。
あなたが向けた笑みの奥には絶望しかなかった。毎食ご飯を作って洗い物して、洗濯も掃除も……。なのに、帰ってきてお風呂が沸いてなかっただけで怒鳴るよね。
結婚する意味あったのかな。……あぁ、そうか。そうだった。私は、あなたの『今は亡き元カノ』の代わりだったね。顔が似ているだけの私はこのような扱いがちょうど良いのかも。残されたもの同士、ってあなたは言うけど、私は違うと思う。だって、私は捨てられてなんかいない。彼は私の目の前にいるんだよ。だから私は別の道を進もうと思う。まだ一からやり直せるはず。でも一から共に進むのはあなたじゃなくて彼なんだ。ごめんね。
――私は君と結婚したい。
だからさ、早く帰ってきてよ……。君は、"見えないだけ"で私の目の前にいるんでしょ?抱きしめて私の鎖を解いて欲しい。
私を救ってよ、という言葉が、雨の降る私の心に冷たく広がって行った――
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