神様、妹になる

白影ゆうき

神様、妹になる

 それは本当に突然訪れた。


「今日からあなたの妹になる、球磨たまりんよ」


 玄関に立つ少女は、ふんぞり返りながらもどこか高貴な雰囲気を漂わせていた。

 淡く光る銀髪は、夕日を受けてきらきらと輝き、ゆるふわのツインテールが年相応の幼さを加速させている。

 だが――水色を溶かし込んだような瞳だけは、不思議なほど澄んでいて、年下のはずなのに思わず敬意を払わなければならない気にさせられた。


「えっと、突然そんなことを言われても……」

 困惑する俺の声に、リビングから母さんが顔を出す。


「あら、どうしたの? 迷子になっちゃったのかな?」


 母さんの反応からして、少なくとも我が家の知り合いじゃないのは確かだ。


 腰を下ろし、鈴と名乗る少女の頭を撫でながら母さんは優しく問いかける。

「お父さんとお母さんは、どうしたの?」


「お母さん、私だよ。鈴だよ」


 ジッと母さんの瞳を見つめるその仕草は、不思議と吸い込まれるような力を持っていた。

 すると母さんは、憑りつかれたみたいに表情を緩め――


「ご飯できてるから、手洗い済ましてきなさい」


 そう言って当然のように立ち上がった。


 ……いやいやいや。


 俺がツッコむ間もなく、少女――鈴は我が物顔で玄関をくぐり、靴を脱ぎ捨てる。


「ちょ、ちょっと待て! まだ説明が――」


「早くしないと夕飯が冷めちゃうよ、お兄ちゃん」


 振り返った彼女の笑顔は、まるで最初から「家族」だったかのように自然で。

 その一言が、俺の平凡な日常をあっさりと塗り替えた。


 食卓には俺と両親以外に少女の分も用意されてあった。

 釈然としないまま席に着くと、当たり前のように俺の隣に座る。


「なんで隣に座るんだよ」


「知らないの?お兄ちゃんの隣で食事をするのは妹の勤めなのよ」


 皿に並んだ唐揚げを、少女――鈴が当然のように箸でつつきながら言った。


「お兄ちゃん、はい、あーん」


「……いやいやいや! なんで俺に食わせようとしてんだよ!」


「妹はお兄ちゃんに食べさせてあげるものなのよ。常識でしょ?」


「初耳だわ! どこの家庭の常識だ!」


 俺がツッコミを入れても、母さんは微笑ましそうに眺め、父さんに至っては缶ビール片手にうなずいている。


「ほら見ろ、仲がいい証拠だな」


(仲がいいもなにも、三十分前に初対面だったんですけど!?)


 俺の心の声など誰にも届かない。

 むしろ両親も鈴も、当然のように“昔から家族でした”みたいな空気を作り上げていて、孤立しているのは俺だけだった。


 箸を止め、俺は思わず頭を抱える。


(なにこれ……俺、ついに頭おかしくなった?)


 だが、そんな俺の混乱をよそに――鈴は、勝ち誇ったようににっこり笑った。


 夕食後、自室に戻った俺の後を、当然のようについてくる鈴。


「……なんでついてくるんだよ」


「まぁまぁ、腹も満たされたことだし。自己紹介の続きと行きましょうか」


「……続き?」


 鈴がパチンと指を鳴らす。

 その瞬間、空気が震え、頭上には光り輝く輪っかが浮かび、背中には小さな翼がふわりと広がった。

 銀髪が風もないのに揺れ、瞳は水色から黄金に変わる。


(な、なんだこれ……コスプレにしてはガチすぎる……!)


「私は天界の神様見習い。人間界で家族愛を学ぶために舞い降りたの」


「は?」


「だから今日から、私はあなたの妹」


「……はあああ!?」


 思わず絶叫した俺をよそに、鈴は満面の笑みを浮かべる。


「安心して、お兄ちゃん。妹として、精一杯甘えてあげるから」


(いや待て! 神様が修行で妹になるって、どんな人事システムだよ!?)


 こうして――俺の平凡な日常は、神様見習いのによってあっさりと破壊されたのだった。

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