精霊の子
早瀬 コウ
ララと呪術師
「母に会わせてくれ」
集落の外れにある
ここは呪術師の
儀式に欠かせないからには、呪術師もこの集落の人間ではある。しかし精霊と声を交わし、ときに呪術で人を呪い殺すと聞けば、およそ関わりたい人間でもない。だから呪術師は集落の
「お前を知っている。ララと言ったな」
ララは呪術師に名乗ったことはなかった。これも精霊の
「そうだ。精霊の子だ。わたしの母の精霊に会いたい」
呪術師の動きは静かだった。意味ありげに動かした指先を、真横に
「お前に精霊は見えない。語ることもできない」
「わかっている。だから精霊と語る術を教えろ。呪文はいらない」
呪術師は進み出て、ララの腕を取った。
「次の月で発つのか」
「そうだ。
呪術師が強く腕を握る。ララは試されていると思った。だから強がってたじろぎもせず、堂々と立った。仮面の底から瞳がララを見つめている。
「短いな。だが精霊の子ならやれるかもしれん」
その言葉にララの胸は
すべてはララに両親も一族もなく、森の中で拾われた精霊の子だったからだ。いくつも冬を超えてきて、ララはもうその扱いには慣れていた。だから今更自分以外の誰かを妻贈りに捧げろとも思わない。たしかに生まれついて家族もいないララであれば、ここで暮らしても
しかしそうと決まったあとで、ララは心残りがあることに気がついた。この森のどこかにいるという、母——精霊の母に会ったことがなかったのだ。なぜ今になってそんなことが気になり始めたのか、ララ自身もよくわからなかった。しかし自分の精霊の母について知るなら、もう最後の機会には違いない。
「呪術師は精霊と人、森と里、夜と昼を
「私はできない。教える者がいなかった」
呪術師は
「すべての術は糸を束ねて
ララは不満を隠さない。そんなことは集落の皆がやっている。誰もがやっていることが精霊に通じる
「私は信じ
差し出された草の束を投げつける。糸束は風に軽く舞って辺りに散った。
「気が短い。精霊は気が短い者を嫌う。もし精霊に会いたいなら、すべて
「そんな勝手な奴らの子に産まれたからこうなったんだ。そっちが文句を言うな」
そうは言ってみたが、ララは口を曲げながら草を拾い集める。呪術師は黙って棒の頭をララに見せ、反対の指でそこを
「やってやるから見せてみろ」
男のような言葉で言っても、呪術師は言い返さない。ただ少しの間だけ聞こえなかったかのように固まったあと、やおら動き始める。そうした動きを見るにつけ、ララは
しかしララがそういう言葉を使うのに理由がないわけでもなかった。なにせ呪術師に接するときはそうするものだと聞いていたのだ。集落は呪術師に食料を分け与え、代わりに精霊への
実際、集落の誰かが呪術師とまともに話したところなど見たことがなかった。用事だけを手短に言って、あとは煙たそうに追い返す。たとえ
しかし別の問題もあった。呪術師と精霊の子ではどっちが偉いのか、ララも知らなかったのだ。よくわからないまま、ララも
おそらくはいつも座っているのだろう石に腰を下ろして、呪術師は何やら手を揉み合わせる。すぐに束になった草の端を
ララはその場にどしんと座って、草の束に手を擦り合わせてみる。何度も何度も擦り合わせてみて、そろそろと思って手を開いてみると、草の束は力無く方々に倒れてしまう。どの一本も強くは噛み合わず、ただ
顔を
「これを持て。これを押さえる」
分かれた片側を持たされ、
「なんだ、何の術だ」
「わからんのか、ララもやれ」
「こうなってたのか」
「わかったか。なら
「もう一度見せろ」
ララの表情ははっきりと明るくなった。精霊に会えるまでの遠い遠い一歩には違いなかったが、それは誰からも教えてもらえなかった
石に座りなおした呪術師は、また不思議な静かさで、次々に変わるララの表情をじっと見つめていた。
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