第一八話 チェックインの骸骨

「こんにちは。一泊したいんですけど、お部屋空いてます?」


カラン、と扉の鈴が鳴り、重い金属音を響かせながら入ってきたのは全身黒鎧の人物だった。

ガシャガシャと歩くたび、鎧の継ぎ目がやけにうるさい。


冒険者ノエルさん。──中身は骨だ。


「ノエルさん! お久しぶりです。もちろん空いてますよ」


私が笑顔で迎えると、ノエルは乙女チックなポーズを決めてみせた。


「よかった〜。ダンジョンで戦利品を分けてもらったんですけど、こういうの広げるなら宿屋ですよね」


取り出したのは、いかにも怪しい小箱。

アリシアはじーっとそれをにらみつけ、口をきゅっと結んだ。


「……それ、罠です!」


ピシッと告げると同時に、眼帯を外し、真ん中の大きな一ツ目をぎらりと光らせた。


「きゃあああああ!? め、目があああ!!」


ノエルは腰を抜かして、ドサリと崩れ落ちた。


……いや、あなた骸骨ですよね?


尻もちをついた拍子に小箱がカランと転がり、ふたが開いた。

中からぬるりと飛び出したのは――スライム。


「な、なんですかこれ!?」


スライムはノエルに襲いかかり、鎧の隙間からずるずると入り込んでいく。

ジュウウウ、となにかを溶かすような音。


「ひゃあああああ!? くすぐったい!!」


「ノエルさん!?」


「いけない!! 身体が溶かされてしまいます!!」


アリシアが蒼白な顔で叫び、兜を外して泣きそうな声をあげる。


「そんな……! もう手遅れだったなんて!!」


「落ち着きなさいアリシア。その人は──」


「ごめんなさい……! 私が余計なことを言ったせいで……!!」


大きな一ツ目から涙をため、今にも崩れ落ちそうになるアリシア。


そのとき、鎧からスライムがのそのそと這い出してきた。


「どうやら生き物の肉を食べるスライムらしいですね。

私は……食べるところがなかったみたいです」


ノエルがケロッとした声で説明する。


アリシアは一ツ目を真ん丸に見開き――


……次の瞬間。


「ぎゃあああああああああーーー!!」


宿屋リングベルに、彼女の絶叫が響き渡った。



その後。


「……で、結局スライムはどうしたんですか?」


「ちゃんと捕まえて、ギルドに引き取ってもらったわよ」


サリィがワインを飲みながら肩をすくめる。


「まったく、騒がしい午後だったわね」


「す、すみませんでした……」


落ち込むアリシアに、ノエルは乙女ポーズでピース。


「気にしないで! 泣き顔も可愛かったですよ!」


「ノエルさんまでやめてくださいー!!」


またも広間に、アリシアの悲鳴が響きわたった。



夜。夕食の片付けを終え、三人でようやく腰を下ろす。


「おつかれさま」


「だいぶ慣れてきたわね」


「はい……最初は大変でしたけど」

アリシアが小さく笑った。


「それにしても、来るお客さんって個性的な人ばかりですね」


「まあね。迷惑客はお断りだけど、訳あり客なら歓迎だから」


「でも、ノエルさんのお姿には本当にびっくりしました……」


(……一ツ目も十分びっくりだと思うけど)

思わずツッコミかけて、ぐっと飲み込む。


そのとき、サリィが突拍子もないことを言い出した。


「ねえアリシア。一緒にお風呂入らない?」


「ええっ!?」


「その白くて綺麗な肌の秘密……知りたいのよ」


サリィが肩を組み、ぐいっと引き寄せる。

顔を真っ赤にするアリシア。


「……姉さん、知り合って間もないのに」


「仲良くなるにはそれが一番よ。ほら、決まり!」


「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」


私は見逃さなかった。姉さんがまた怪しい笑みを浮かべたのを。


時々思う。──姉さんはやっぱり、そっちの気もあるのでは、と。


「……まぁ、ゆっくりしてきてください」

私は温かいハーブティーに口をつける。


「なに言ってるの? ホリィも入るに決まってるでしょ?」


ブーッと、口に含んだハーブティーを吹き出した。


「ど、どうして私まで!?」


「どうせお湯張るんだし、みんなで入ったほうが効率いいでしょ」


「効率……いいかなあ……?」


なんかうまいこと言いくるめられてる気がする。

でも、姉がこう言い出したら――もう止められない。


「はぁ……わかりましたよ……」


こうして三人は、一階にある小さな姉妹専用の浴場へと向かうのだった。

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