第一八話 チェックインの骸骨
「こんにちは。一泊したいんですけど、お部屋空いてます?」
カラン、と扉の鈴が鳴り、重い金属音を響かせながら入ってきたのは全身黒鎧の人物だった。
ガシャガシャと歩くたび、鎧の継ぎ目がやけにうるさい。
冒険者ノエルさん。──中身は骨だ。
「ノエルさん! お久しぶりです。もちろん空いてますよ」
私が笑顔で迎えると、ノエルは乙女チックなポーズを決めてみせた。
「よかった〜。ダンジョンで戦利品を分けてもらったんですけど、こういうの広げるなら宿屋ですよね」
取り出したのは、いかにも怪しい小箱。
アリシアはじーっとそれをにらみつけ、口をきゅっと結んだ。
「……それ、罠です!」
ピシッと告げると同時に、眼帯を外し、真ん中の大きな一ツ目をぎらりと光らせた。
「きゃあああああ!? め、目があああ!!」
ノエルは腰を抜かして、ドサリと崩れ落ちた。
……いや、あなた骸骨ですよね?
尻もちをついた拍子に小箱がカランと転がり、ふたが開いた。
中からぬるりと飛び出したのは――スライム。
「な、なんですかこれ!?」
スライムはノエルに襲いかかり、鎧の隙間からずるずると入り込んでいく。
ジュウウウ、となにかを溶かすような音。
「ひゃあああああ!? くすぐったい!!」
「ノエルさん!?」
「いけない!! 身体が溶かされてしまいます!!」
アリシアが蒼白な顔で叫び、兜を外して泣きそうな声をあげる。
「そんな……! もう手遅れだったなんて!!」
「落ち着きなさいアリシア。その人は──」
「ごめんなさい……! 私が余計なことを言ったせいで……!!」
大きな一ツ目から涙をため、今にも崩れ落ちそうになるアリシア。
そのとき、鎧からスライムがのそのそと這い出してきた。
「どうやら生き物の肉を食べるスライムらしいですね。
私は……食べるところがなかったみたいです」
ノエルがケロッとした声で説明する。
アリシアは一ツ目を真ん丸に見開き――
……次の瞬間。
「ぎゃあああああああああーーー!!」
宿屋リングベルに、彼女の絶叫が響き渡った。
◇
その後。
「……で、結局スライムはどうしたんですか?」
「ちゃんと捕まえて、ギルドに引き取ってもらったわよ」
サリィがワインを飲みながら肩をすくめる。
「まったく、騒がしい午後だったわね」
「す、すみませんでした……」
落ち込むアリシアに、ノエルは乙女ポーズでピース。
「気にしないで! 泣き顔も可愛かったですよ!」
「ノエルさんまでやめてくださいー!!」
またも広間に、アリシアの悲鳴が響きわたった。
◇
夜。夕食の片付けを終え、三人でようやく腰を下ろす。
「おつかれさま」
「だいぶ慣れてきたわね」
「はい……最初は大変でしたけど」
アリシアが小さく笑った。
「それにしても、来るお客さんって個性的な人ばかりですね」
「まあね。迷惑客はお断りだけど、訳あり客なら歓迎だから」
「でも、ノエルさんのお姿には本当にびっくりしました……」
(……一ツ目も十分びっくりだと思うけど)
思わずツッコミかけて、ぐっと飲み込む。
そのとき、サリィが突拍子もないことを言い出した。
「ねえアリシア。一緒にお風呂入らない?」
「ええっ!?」
「その白くて綺麗な肌の秘密……知りたいのよ」
サリィが肩を組み、ぐいっと引き寄せる。
顔を真っ赤にするアリシア。
「……姉さん、知り合って間もないのに」
「仲良くなるにはそれが一番よ。ほら、決まり!」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」
私は見逃さなかった。姉さんがまた怪しい笑みを浮かべたのを。
時々思う。──姉さんはやっぱり、そっちの気もあるのでは、と。
「……まぁ、ゆっくりしてきてください」
私は温かいハーブティーに口をつける。
「なに言ってるの? ホリィも入るに決まってるでしょ?」
ブーッと、口に含んだハーブティーを吹き出した。
「ど、どうして私まで!?」
「どうせお湯張るんだし、みんなで入ったほうが効率いいでしょ」
「効率……いいかなあ……?」
なんかうまいこと言いくるめられてる気がする。
でも、姉がこう言い出したら――もう止められない。
「はぁ……わかりましたよ……」
こうして三人は、一階にある小さな姉妹専用の浴場へと向かうのだった。
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