第八話 飲み比べと不穏な影
「さあ、始めるぞ!」
レオンの高らかな声とともに、飲み比べ勝負の幕が上がった。
リングベルの広間は、完全に祭り会場のような熱気だ。
常連客たちは席を取り囲み、声を張り上げている。
「おおー! サリィちゃんいけー!」
「レオン様〜負けないでぇ!」
「ふふん、応援多いわねぇ」
「当然だ。Sランク冒険者の私だからな!」
二人はグラスを掲げ、一気に飲み干す。
――ゴクッ、ゴクッ。
レオンがどん、とグラスを置くと、サリィも同じタイミングで音を立てた。
「……ふぅ。いい飲みっぷりだ、サリィ」
「そちらこそ。まだまだ余裕よ?」
(ほんとに姉さん強いなぁ……)
私は端っこで冷や汗を流しつつ、ハラハラ見守る。
◇
五杯、六杯と進む。
どちらも顔色ひとつ変えず、まるで水でも飲んでいるかのようだ。
むしろ観客が酔っ払ってきている。
「やるわね……」
「君もな。ますます美しい……」
「はいはい口説き文句は要りませーん!」
常連客たちは大盛り上がりだ。
「こりゃあ夜通しコースだな!」
「勝負つくまで寝られん!」
――その時だった。
ぱちん、と小さな音を立てて、広間のランプがふっと落ちた。
一瞬にして闇に包まれ、観客がざわつく。
「おい、暗いぞ!?」「ランプが壊れたのか!?」
(え……なに? 今の……)
暗がりの中、美女三人組の一人が、すっと指先をサリィに向けた。
唇が小さく動き、聞き取れない囁き。
だがそれは――魔法の詠唱。
(まさか……!)
すぐにランプはぱっと再び点灯し、ざわつきは笑いに変わった。
「停電かと思った!」「誰か蹴っ飛ばしたんじゃねぇのか!」
「お騒がせしました、続けましょ!」
サリィはにっこり笑ってグラスを取り、豪快にワインをあおった――が。
「……ん……? なんだか……急に……眠……」
眉をひそめ、視界がとろんと揺らぐ。
次の瞬間、テーブルに突っ伏してしまった。
「姉さん!?」
「勝負あり!」
レオンは立ち上がり、高らかに宣言する。
「我が勝利だ! サリィは私の部屋へ――はーっはっはっは!!」
大金を賭けた者やサリィファンの悲鳴が宿内に響き渡る。
「まじかよー!」「サリィちゃーん!!」「くそぉ羨ましい!」
だがその一方で、数人の客が顔をしかめて叫んだ。
「今の一瞬、ランプが落ちただろ!」
「おい、怪しいぞ! 魔法じゃねえのか!?」
しかし抗議の声は、酔客たちの歓声と怒号にかき消されていく。
冷静に見ていたミレーネが、そっとハマーに近づいた。
「ミレーネよ。……魔剣の持ち主、ハマーさんね。 ねぇ、やっぱり気付いた?」
「……ああ。俺は魔法は使えないが、今のは眠りの類だ」
「明かりが落ちたときも魔力の流れを感じたわ。あの三人のほうから……」
ミレーネがレオンの仲間の三人を睨む。
「とはいえ、Aランクの俺でもSランク冒険者が複数相手ではどうにもできん。
……それに、助けてやる義理もない」
ハマーは腕を組み、目を細める。
「私だってAランクだけどね。でも……ほら、妹さん」
私は呆然と立ち尽くしていた。
姉さんが負けるはずがない。
こんな……こんなのって……。
レオンはサリィを抱えたまま、混乱の渦をものともせず階段を上がっていく。
「姉さんをどこに連れていくんですか!」
慌てて私が駆け寄るも、レオンは意に介さない。
「決まりだ。勝負は勝負。美しいサリィは今夜、私の隣に――」
姉はそのまま二階の部屋へ連れて行かれてしまった。
「ううっ……どうしよう……!」
足は震えているのに、一歩も前へ出せない。
助けたいのに、体が言うことを聞いてくれない。
胸がぎゅっと痛み、喉の奥から嗚咽がこみあげそうになる。
私は震える拳を握る。
――姉さんを、サリィ姉さんを救い出さなきゃ。
でも……戦う力の無い私に、何ができるの……?
姉さんと仲の良かった常連客の男たちが私を心配そうに見つめる。
「なんとか……しなきゃ」
つづく。
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