転生剣士のありふれ異世界道中

@mekurino

第1話 赤い剣士さん

穏やかな昼下がり、私はあぜ道を軽い足取りで進んでいた。私の後ろに見える町は『オーヴィア』。ドがつくほどの田舎町。でもとってもいいところ。冒険者ギルドもあるし、パン屋だって花屋だってある。

 そんな町に住んでいる私はアレナ、十六歳。この町で冒険者になる夢を持ったかわいいかわいい女の子。生まれも育ちもここオーヴィア。

 今日は薬屋のユランさんの依頼で町はずれの洞窟に向かっているところ。女の子一人で大丈夫か、って思うかもだけど、出てくる魔物はスライム程度の雑魚だし、そもそもオーヴィア周辺に危険な魔物の存在は確認されていない。

 私が今向かっている洞窟は私が生まれるずっと前からあるらしい。中には様々な魔草が群生しており、うんと昔には魔女が住んでいたという噂も聞いたことがある。

 私はユランさんからもらったリストをポケットから取り出してさっと眺める。

「この魔草なら見つけるのにそう時間はかからないかな」

 洞窟が見えてくる。途中で大きなウサギを肩に担いだ知り合いのおじさんとすれ違った。今夜はウサギ鍋でもするのかな?

 そんなことを考えているうちに洞窟の入り口に到着していた。ピチョン、ピチョンと水滴の落ちる音が反響して聞こえてくる。傍らに落ちていた枝を拾うと、魔法で先端に光を灯す。

「ライティア」

 洞窟内はひんやりとしていて、さっき灯した光によって青白く照らされている。

「さてさて、お目当ての魔草は.......」

 洞窟内をウロチョロしていると、足音が聞こえてきた。私以外にもここに来てる人がいるんだ。そう思って足音のほうを見る。

 目線の先に赤い人が立っていた。と言っても髪と上着が赤いだけ、腰に何かを差しているが光が足りないのでよく見えない。

 武器かな?警戒心は忘れずに声をかけてみる。

「こんにちは!」

 相手は首をかしげている。私の挨拶だけが洞窟にこだまする。オーヴィアでこの人は見たことがない。旅行かな?いやいや、ド田舎のオーヴィアになんの観光資源があるってのよ。

「君はここに住んでいるのか?」

 男が口を開く。柔らかい、低くて落ち着く声。会話が通じることにホッとしながら私は彼の問いに答えた。

「ううん、ここの近くのオーヴィアって町に住んでるの。そういうお兄さんは?」


「......わからない。なぜここにいるのかも、どうやってここに来たのかもわからない」

 ......なかなか大事では?記憶喪失の男の人を放っておくわけにもいかないし......。

「いくあてがないなら、オーヴィアに行きましょうよ。何か力になれるかも」

 その言葉を聞いた男の表情が緩む。

「......ありがとう」

 私は目的の魔草のことをすっかり忘れたまま男と洞窟を出るのだった。




 __________________________________


   オーヴィアに戻る道中、男に色々質問してみた。無言ってのもなんかアレだし。

「お兄さんの名前は?」

 

「......飛閃ひせん、だったような気がする」


「ヒーセン、珍しい名前ですね。腰のは剣ですか?」


「刀という。これを振るって何かと戦っていた記憶は残っている」

 カタナ?形は騎士が装備しているロングソードを思わせる。この人は剣士さんなんだ。

「オーヴィアに着いたらギルドに向かいましょう。何か情報があるかも」


「ギルド?それは一体......」

 この人、記憶喪失がひどくないか?服装もこっちとは違ってかなりゆったりしてるし。ユランさんに記憶を元に戻す薬がないか尋ねてみよう。

「見えてきましたよ」

 私は申し訳程度に飾られた貧相な門をヒーセンに指差して見せる。

「あそこが......オーヴァイというところか」

 ヒーセンが目を凝らす。

「オーヴィア、ですよ。いいところですから」

 こうして私たちはオーヴィアに戻った。




 __________________________________


 オーヴィアの町並みに特筆すべきことはなく、ごくごくありふれた田舎町としか形容できない。強いてあげるなら町の中央広場にある噴水ぐらいか。

「あまり価値のあるものはないかな」

  町並みをキョロキョロと見渡すヒーセンに言ってみる。田舎だなんだと自虐してはいるものの、何もないこの町のことを少しは気にしているのだ。

 ヒーセンはこちらに微笑みを浮かべてこちらを見る。

「平和な町だ。それだけで価値がある」

 ......ほぉ、平和なだけで価値がある、か。平和に価値があるなんて知らなかった。

「クドベーカリー?」

 ヒーセンが気になる店を見つけたようだ。甘いパンの匂いが食欲をくすぐる。

「クドベーカリー、町一番のパン屋さんです」

 私が鼻高々に説明しても、ヒーセンはまだ首をかしげている。

「パン?」

 ......カワイイ。何も知らない小さな子供を相手しているような気分になってきた。

「美味しい食べ物のことですよ」

 私はパン屋に入り、店主に注文を伝える。

「クロワッサン二つ」


「おお、アレナちゃん、いつもありがとうね。今日はサービスだ、持っていきな!」

 店主が出来立てほやほやのクロワッサンを2つ、袋に包んで渡してくれた。

「いいんですか?ありがとうございます!」


「いいってことよ、ところで」

 店主が窓の外にチラと視線を向ける。

「見ない顔だね、知り合い?」

 その問いかけに私は肩をすくめて答える。というよりこう答えるしかない。

「町はずれの洞窟で出会ったんです。記憶喪失状態で」


「へえ、そんなことがねぇ」

 店主が顎に手をやる。

「あの人、剣士らしいから、ギルドに何か情報が来てるかもって思って」


「うーん、こんな辺鄙な町まで情報が伝わってくるかな?ま、情報が見つかるといいな」

 店主に別れを告げると、私は店を出てヒーセンの所へ戻った。そして袋からクロワッサンを取り出して彼に渡す。

「熱い」


「そりゃ、焼きたてですから」

 ヒーセンがクロワッサンにかぶりつく。と同時にカッと目を見開いて、口いっぱいに頬張った。

「そんなに慌てなくても」

 そう言いつつ私も思いっきりかぶりつく。甘い香りが身体中を満たしていく。確かにがっつきたくなる気持ちも分かる。どれだけ食べても飽きることが決してないパン屋さん、それがクドベーカリーなのだ。

 気を取り直して、私とヒーセンはギルドに向かって歩きだす。ヒーセンは相変わらず好奇心旺盛に周囲を眺めている。

「そろそろ着きますよ」

 町の中央にある噴水が見えてきた。ちいさな子供たちが周囲をグルグル駆け回っている。その向こうに赤煉瓦の建物が見える。それが目的のギルドである。

 三階建てで、一階は集会所兼食堂になっており、二階三階は所属冒険者の住居となっている。この町で一番大きな建物として、噴水とともに町の名物となっている。私も冒険者になればここに住むこととなる。

 ギルドの扉を開き、受付へと向かう。冒険者の大半は依頼を受けているのか、集会所は閑散としている。

「あら、アレナちゃん。こんにちは」


「こんにちはアンクさん」

 アンクさんはこのギルドの受付嬢だ。とびきりの美人で性格も抜群に良く、神の創りたもうた最高傑作ではないかと思うほどだ。輝くような金色の髪に白い肌、すべてを吸い込んでいくような深い蒼色の瞳が織りなす美はまさしく芸術の領域である。まあ、芸術がなんであるか、私はてんで知らないのだが。

「今日はどんな用事?」

 アンクがヒーセンに視線を向けながら尋ねる。

「えーと、話すと長くなるという訳ではないんですけど......」

 私は洞窟でのことをアンクに話した。

「へぇ、不思議なことがあるのね」


「私も実感わいてないです......」

 ふと、夢でも見ているのではないかと思い、頬を思いっきりつねってみる。

「イッタタタ!」

 どうやら夢ではないようだ。

「人探しの依頼があるかどうか確認すればいいのね、......今は魔草採取の依頼しか来てないわ。ちょっとギルドマスターに聞いてくるわね」

 アンクはそういうと、奥へと引っ込んだ。しばらくして、恰幅のある禿のおっさんと黒いローブに身を包んだ女がこちらにやってきた。

「アレナ、事情は聞いた。そちらが記憶喪失の剣士だな」

 このおっさんはグラーバク、このギルドのトップ兼コック長である。

「こちらに人探しの情報はきていない。ここから近いアンデラートなら何か情報があるかもしれないが......」

 アンクが肩をすくめる。

「オーヴィアからアンデラートに行くのに一週間はかかりますよ」

 グラーバクが腕を組んで考え込むと、ヒーセンの服装に眼を留める。

「その服装、どこかで......」

 お、なにか手がかりが?

「アレナちゃん、おつかいで頼んだ魔草、採ってきてくれた?」

 黒いローブの女が私の目の前に立っている。

「......あ、忘れてた!ユランさん、ごめんなさい!」

 反射的にユランさんに頭を下げる。ユランさんはこの町で薬屋を営んでいる。黒髪に黒目の外見は珍しく、神秘的な雰囲気を纏っている人だ。

「あらら、それどころじゃなかったみたいだし、今回は許してあげる」

 ユランさんが私の頭をなでてくれる。

「ああ、思い出した!」

 グラーバクがポンと手を打つ。

「極東の国にそんな衣服があるって、昔本で読んだことがある」

 それを聞いたユランもパッと目を見開く。

「見覚えがあると思ったら、袴か。腰のは刀、片刃の剣だろ?」

 ユランがヒーセンの腰に差してある刀の柄を指ではじく。

 極東にそんな国があるんだ、行くってなったらどれぐらいかかるんだろう。ここから一番近いアンデラートでも一週間はかかるらしいし。下手すりゃ死ぬまでにたどり着けないかも。

「行く当てがないんだろう?君さえよければだが、記憶を取り戻すまでここに住まないか?アンデラートに行くのも一つの手だが......色々荒れてるからなぁ、向こう」

 グラーバクが上に指をさしながら、ヒーセンに尋ねる。

「迷惑じゃないだろうか、私は余所者だが......」


「そんなこと気にする人はいないよ」

 ユランがヒーセンの肩に手を置く。

「......では、お言葉に甘えさせてもらう」


「おう、これからよろしくな!」

 グラーバクがヒーセンとがっしりと肩を組む。なにか力になれるかも、と思ってオーヴィアに連れてきたけど、まさか住むことになるとは。

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