幸せの意味はすぐそばに

第1話高校最後の日

朝の空気は、いつもと少し違って感じられた。太陽の光はいつもより暖かく、しかし廊下を渡る風にはどこか優しさがあった。高校最後の日――その言葉がナウファル・ケンゾーの頭の中で繰り返される。彼はスカイヴェイル高校の廊下を、だらりと、しかし意識的に歩いた。今日は、毎日のように触れてきた教科書や参考書の匂いを胸いっぱいに吸い込み、友達の笑い声に耳を傾け、終わりのないように思えた青春の喧騒を味わえる最後の日なのだ。

ケンゾーは少し擦り切れたリュックの角を握り、腕時計をちらりと確認した。8時5分。最初の授業は8時10分開始。まだ数分の余裕があり、ゆっくり歩きながら、一年後、二年後にはもう見ることのないかもしれない景色を目に焼き付けることができる。青く澄んだ空に、鳥たちが小さな影を作りながら飛んでいる。その光景は、青春の日々は終わっても、小さな美しさは常に存在するのだと静かに教えてくれるようだった。

3-Bクラスの前を通り過ぎると、友達はすでに集まっており、楽しさと切なさが混ざり合っていた。笑い声が響く一方で、ひとり静かに物思いにふける者もいる。最後のメモを日記に書き留める者もいる。奇妙な空気だ――別れの悲しみと、未来への期待が入り混じっている。ケンゾーは薄く微笑み、軽く頭を下げ、いつものように自分のクラスへと向かった。

「ケンゾー！ちょっと待って！」

その声は、廊下のざわめきの中でもはっきりと聞こえた。ケンゾーが振り向くと、クラスメイトであり、ツンデレとして有名なアマツカ・リリィが小走りで近づいてきた。長い茶色の髪が風に揺れ、彼女の大きな瞳には、苛立ちと少しの不安が混ざっていた。

「どうしたの、リリィ？」

ケンゾーは微笑を抑えながら尋ねた。口を開く前から、彼女の反応は予測できる。

「ちょっと！立ってないで、勝手にボーっとしてると授業に遅れちゃうでしょ！」

ケンゾーは再び微笑む。リリィは本当に怒っているわけではない。ただ、自立して強く見せたいだけだと分かっている。二人は並んで教室へ歩きながら、最後の授業や帰宅の予定について軽く会話を交わした。

「ねえ、全部の思い出、もう準備できた？」

リリィが少しからかうように、しかし柔らかい声で尋ねる。

ケンゾーは頷き、胸の中の複雑な気持ちを抑えた。

「準備はできた…でも、なんだか変な気分だね。今日で全部が消えちゃうみたいで。」

リリィは少し俯き、自分の手を見つめる。

「うん…私も同じ気持ち。でも、まだ今日があるよね？できるだけ楽しもう。」

二人は笑みを交わし、その瞬間、時間が少しだけゆっくり流れたように感じられた。

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最初の授業が始まり、先生は温かい笑顔で教室に入った。ケンゾーは中央の席に座り、リリィは窓際を選ぶ。時折目が合い、今日が特別な日であることを互いに認識する。先生の一言一言が、過去の思い出を呼び起こすかのように、懐かしさの余韻を運んでくる。

授業の合間、ケンゾーは日記に少し書き留めた。いつものことだ――忘れがちな些細なことを記録する。今日も書いた。

> 「高校最後の日。太陽は暖かいけれど、心は暖かくもあり、少し冷たくもある。全部を覚えておきたい――友達の笑顔、笑い声、本の匂い、リリィに会った時の少しぎこちない気持ち。」

教室の外の廊下には、別れのイベントのポスターや送別の言葉が貼られている。生徒会のメンバーが装飾を施し、色とりどりの風船が天井にぶら下がっていた。授業が終わり、ケンゾーはカフェテリアへ向かう。友達は最後の瞬間を写真に収めるのに夢中だ。誰かが抱き合い笑うのを見て、胸が温かく、言葉にできない切なさがこみ上げる。

リリィはカフェテリアの机に座り、校庭の方をじっと見つめている。ケンゾーはその向かいに座り、自分で持ってきた弁当を開ける。言葉は多く交わさない。時に、沈黙の方が何千もの言葉より雄弁だ。

「こういう日々、寂しくなるね…」

リリィが窓の外を見つめながら小さく呟く。

ケンゾーは頷いた。

「俺も…でも、これで終わりじゃない。もっと大きな何かの始まりだ。」

リリィが顔を向け、目がケンゾーと合う。その笑顔には、言葉では表せない感情があった――少し謎めいて、少し切なく、それでも温かい。今日が普通の世界で二人が一緒にいる最後の日かもしれない、とケンゾーは感じた。

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昼の時間はあっという間に過ぎた。今日の一つ一つのやり取りが、特別に感じられる。友達の挨拶、ささやかな笑い声、軽い冗談――どれも意味を持つ。ケンゾーは校庭を歩き、そよ風を感じながら歩く。満開の桜の木の下で立ち止まり、地面に散った淡いピンクの花びらを手に取り、微笑む。

「桜…僕たちの人生みたいだ。美しくて、でも儚い。全部の瞬間を味わいたい。」

リリィは音も立てず隣に現れ、散る花びらを見つめる。

「ロマンチックすぎるよ、ケンゾー。でも…気持ちは分かる。」

ケンゾーは静かに笑った。

「ただ全部覚えておきたいだけ。今日が最後かもしれないけど、全てを覚えておきたいんだ。」

二人はそこに並び、言葉は必要なかった。沈黙の中にある安心感、互いに理解し合うだけの温かさ。

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夕方が近づき、校内はさらに活気づく。クラスの送別祭の準備が始まった。机は色とりどりの紙で飾られ、吊り下げられたランプが灯され、軽食の香りが漂う。ケンゾーとリリィも手伝い、軽く冗談を交わしながら装飾を整えた。

「ケンゾー、適当に置かないで！」

リリィは崩れそうな風船の山を指さして叫ぶ。

「大丈夫、俺は風船の達人だ。」

ケンゾーは素早く風船を救い、二人は笑い合う。

一瞬、世界は完璧に思えた。心配も謎もなく、ただ感じられるのは純粋な幸福だけ。

しかし、ケンゾーの視界の端に、奇妙なものが映った――白い封筒に斜めの円のシンボルが描かれ、机の近くに落ちていた。彼は一瞬見つめたが、リリィが手を引き、言った。

「真面目すぎるよ、ケンゾー。今日は楽しむ日でしょ？」

ケンゾーは薄く笑みを浮かべ、興味を抑えながら封筒をポケットに入れた。何かが、今日が思ったより単純ではないことを告げていた。

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夜が訪れる。送別祭は盛大に行われ、カラフルなランプが灯り、軽快な音楽が教室全体に響く。ケンゾーとリリィは数人の友達と踊り、笑い、最後の高校生活を楽しんだ。

祭りの最中、世界がゆっくり流れているように感じた。ケンゾーは常にリリィを探し、隣にいることを確認する。そして彼女を見つめると、リリィは微笑んだ――温かく、甘く、しかし少しだけ謎めいた笑み。

「その笑顔…なぜか分からないけど、警告みたい。これから何かが変わる予感。」

ケンゾーの胸に、言葉にできないざわめきが走る。しかし彼は笑顔を保ち、この最後の瞬間を抱きしめた。

祭りが終わり、ランプが消えた後、ケンゾーは澄んだ夜空を見上げる。星々が輝き、過ぎ去った日々にさよならを告げるようだった。日記に書き留める。

> 「高校最後の日。今日の思い出はずっと心に残る。リリィの笑顔…友達の笑い声…桜の香り…すべてが美しい。いつかこの瞬間に戻れたらいいな。でも今は、今日という日を心から楽しむしかない。」

その夜は、温かく、少し切なく、それでいて意味に満ちたまま幕を閉じた――ケンゾーの人生を変える、大きな旅の始まりだった。

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第1章終わり – ケンゾーの回想

> 「高校最後の日…ただのカレンダー上の日付じゃないんだ。今日は人生の物語の最初のページ。友達と笑い合い、微笑みを分かち合い、持てる時間を大切にすることの意味を学んだ。明日何が待っているか分からない。でも、今日を永遠に覚えておきたい。」