25 夢で会っていた人

 湖から離れて、俺はドラゴンを見に行った。

 草原は広大で、山は遠かった。

 三匹のドラゴンが上空を回るように飛んでいた。

 母さんの言っていた高台に上った。ドラゴンの生息地側は崖になっている。その手前の柵のそばにクラウスさんが立っていて、ドラゴンのいる方に目を向けていた。他には誰もいない。もう夕暮れどきだから、観光客は宿のある街へと戻るのだろう。こちらに向かって歩いているとき、何人かのそれらしき人たちとすれ違った。

 少し離れたところから、俺は黙ってクラウスさんの横顔を見つめる。

 さっき、二通目の手紙を封筒に戻して、目の前の湖面を眺めてたいら、向こうの世界の記憶がぽんっとよみがえった。

 とある女子「サトウも、かわいい子が好きなんでしょ?」

 俺「そりゃそうだよ(笑)」

 女子、不機嫌。

 友だち「お前、素直に言い過ぎだよ」

 どうやら、母さんの祈りは通じすぎていたようだ。俺は素直すぎた。

 でも今は、これまで通り、素直で行こう。


「クラウスさん!」

 と呼びかけると、クラウスさんは振り返ってほほ笑んだ。

「ユーリ。ドラゴンを見に来たんですか?」

 俺はクラウスさんの横に並んだ。

「俺、ここのドラゴンを前にも見たことがあります」

「え?」

「向こうの世界で、同じ夢をよく見たんです。その夢の中にはドラゴンがいて、俺は一緒にいる人に言うんです。一緒に乗ろうって。でも、その人は、君にしか乗れないって言うんです。いつも顔はぼやけていたけれど、その人は寂しそうでした。俺、それが夢じゃないって分かってた。これは記憶だって。だから、エレノアねえさんが迎えに来たとき、大して驚かなかったんです。俺がおにいたんって夢の中で呼んでいた人、あれはクラウスさんですよね?」

「そうです」

 クラウスさんは静かに答えた。

「どうして俺のことを知ってるって、小さいころの俺を知ってるって、早く言ってくれなかったんですか? 言ってくれたら、クラウスさんが夢の中で会っていた人だって、すぐに分かったのに」

「先生に、いろいろ聞いたんですね」

「はい。ドラゴンのことも。クラウスさん、小さいころ、ドラゴンに乗れないって寂しそうでしたけれど、乗れても、大してメリットなさそうです」

 俺の言葉に、クラウスさんは少しだけほほ笑んだ。そして笑みを消して、小さく息をついた。

「ユーリ。私が自分のことを言わなかったのは、その夢の記憶が、ユーリと私の最後だったからです。あのとき、私が君にしか乗れないと言ったとき、ユーリは呆然としていました。傷ついているようにも見えました。そして、私はユーリのそんな顔を見るのは初めてでした。そのあと、君は湖の魔法陣に落ちてしまい、私は伝えることができなくなりました。ドラゴンに乗れないことなどどうでもいい、ただ、ドラゴンに乗ったユーリが一人で飛んで行ってしまって、私と一緒にいてくれなくなるかもしれない、それがつらかったのだと。いつかユーリはアリシア先生のように偉大な魔法使いになる、あのころ、私は幼心にもそう確信していました。そうなれば、ただの魔法使いにしかなれない自分ではそばにいられないだろう、だから、横に並んでいられるような違う立場に、軍人になろう。そう決めていました。あの事故のあとからは、いつか帰って来るユーリを守れる人間になるんだ、という気持ちが、私を支えていました」

「……」

 俺は、相づちも打てなかった。クラウスさんの言葉が、ただ心を満たして行く。

「ユーリ。君が魔法陣から現れたとき、私はほっとしました。君はとても清らかな雰囲気で、向こうの世界で幸福に過ごしていたとすぐに分かりましたから。けれど、陛下との会話で君に記憶がないと知ったとき、私は不安になりました。私と最後に会ったときのことを思い出したら、ユーリはどうなるのだろう。幸福な気持ちは消え失せ、この世界に戻らなくてよかったのに、と思うのではないか。だから、思い出すまでは、思い出さないのなら、自分との関係は黙っていようと」

「でも、俺は夢で知ってた」

 俺は口を挟んだ。伝えたかった。

「ユーリ」

「クラウスさんは考えすぎだよ。俺にとって、あの夢は、嫌な夢じゃなかった。今は、こうしてクラウスさんに出会えてよかったと思ってる。だからもう、敬語じゃなくていいんだよ」

 そこまで言ったとき、崖下から、吹き上がる風と共に、ドラゴンが突然現れた。

 翼をはばたかせながら空中で制止して、俺を見る。

 黒々とした目。緑色の体。五人乗りの車ぐらいの大きさかな。夢の中ではもっとでっかく感じたけれど。

 でも、あのドラゴンだと俺は確信した。

「俺、乗ってみるよ!」

「ユーリ!」

 柵の上に飛び乗って、さらにドラゴンに向かって飛んだ。

 ドラゴンは乗せてくれなかった。

 二人で崖下に落ちた。

 草の上を転がりながら、夕焼け空が目に入ったとき、ドラゴンの影はもう遠くだった。

 体が止まり、クラウスさんは片腕で俺を抱えたまま仰向けになると、

「ユーリ、無茶して」

 と怒ったように言った。

 その通りだ。けれど、今度の布団は上手くできたと思う。クラウスさんに怪我はなさそうだし。

 たとえ怪我をしても、また俺が治癒魔法で直せばいい。思う心は、誰にも負けない。

 まだしがみついていたい気もしたけれど、俺は起き上がった。

 草の上に片手をついて、クラウスさんの顔を覗き込む。

 青い目が、とてもきれいだ。

「ただいま、クラウスさん。おにいたんって呼ぶのはガキっぽいから無理だよ」

 それから、俺はクラウスさんにキスをした。顔を離すと、クラウスさんは驚いたような顔からほほ笑みになった。俺が夢の中で見たかった表情だ。

 クラウスさんは起き上がった。

「お帰り、ユーリ」

 もう一度、俺たちは唇を重ねた。

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